読み、合わせる

※注意
この話は「読み合わせカフェ」(ツイッターアカウント;@yomicafe)の存在を知ってもらうために書いた小説です。
ですが「読み合わせカフェ」の存在と話に出てくる台本以外はすべてフィクションで実在の人物や出来事は出てきません。
ですが作者の私が感じた「読み合わせカフェ」の雰囲気を出来るだけ忠実に再現しようとして書いた話ではあります。
よろしくお願いいたします。


 うん、私はふつうの高校一年生で、ふつうの陰キャだ。間違いない。
 友だちは少ないけど決してぼっちではなく、話す友だちはいる。友だちとアニメとかゲームとか声優の話をしているのはマジ楽しい。けど、私が声優になりたいっていうのは隠してる。
 プロの声優になりたいコは中高生でも学校に通いながら声優の養成所に通うらしいけど、私は無理だ。今の声優さんというのはめちゃくちゃ演技力あるかめちゃくちゃ可愛いコがなるものであって、私なんかが声優の養成所に通っていることがバレたら、とんでもねえ勘違いちゃんと思われるに決まっている。もちろん両親にも言ってない。なに夢見てんだとぐちぐち言われるだけだから。
 てなわけで私が声優になるためにやってることは自分の部屋でアニメのセリフを復唱するぐらい。もちろんそんなもの何の訓練にもなっていない自己満足だ。
 そんな私が「読み合わせカフェ」なるものの存在を知ったのはツイッターからだった。
 定期的に行われているイベントらしく、その場所には演劇の台本が数多く置いてあり、店員さんをやっている舞台俳優さんやそこにきたお客さんとその台本を読み合わせることができるらしい。普通の人がカラオケで歌うように普通の人が演劇の台本を読むことを楽しむ場。私が見たツイートには概ねそういうことが書いてあった。
 私は魅かれた。いや、正直人がいる前で声に出して演技するなんて無理無理の無理だけど。こそっとなんか誰も聞いていないところで、なんか読んで練習できるかもしれない。次の「読み合わせカフェ」は今週の日曜日にあるらしい。懸念はいくつもあるが、最大の懸念はその場所が渋谷という私にとって別世界のギャルとかヤンキーとかオサレが蠢く場所にあるということで、私は極めて場違いになる可能性が高く、そもそも私が住んでいる田舎駅から渋谷まで片道一時間半かかる。
 でも、行くのだ。
 このときの私はなんか変なテンションに取り憑かれていたのは間違いない。

 渋谷で軽く迷った。
 読み合わせカフェが行われているカフェバーは私が渋谷という言葉で思い浮かぶ、スクランブル交差点とか、センター街とかいちまるきゅーとかとは全く別の、なんかでっかいホテルの裏側の静かな住宅街にある。そしてそこの道がかなりわかりづらく、絶望的に方向オンチな私はめちゃ迷った。結構日差しが強い日で、私は会場にたどり着く前に、すでに汗だくになっていた。
 ようやくたどり着いた会場らしき場所は、真っ白い階段と派手な看板やモールによる飾りつけがしてある、ものすごく近寄りづらいところだった。
 え?まじ?ここ?
 私は恐る恐る進む。看板に持ちびかれるまま階段を登る。しかし勇気を出してやってきたお店の扉は閉まっていた。
 うん、帰ろう。
 私はこのウェルカムじゃなさを言い訳に、自分の度胸のなさを棚上げし、踵を返そうとした。
 そのときだった。
 がちゃりとドアが開いた。
 扉を開けたのは、女の人だった。一目見て、ふわふわ柔らかいオーラを纏った親しみやすさのかたまりのような若いお姉さん。
 私が「あ」と声をあげそうになるや否や、一瞬びっくりした表情を浮かべたお姉さんはすぐににやーと笑顔になって言った。
「お客さん?」
「あ、いえ、あの」
「ちがうの?」
「いや、あの、ちがわないです!!」
 私はめちゃ焦った。
「どうぞ入って入って」
 そのお姉さんは手招きした。扉の向こうには生まれてはじめて生で見るバーカウンターとその奥のテーブル席が見えた。


 私はちょこりと奥のテーブル席に座った。
 伏し目がちにまわりを見回すと、テーブル席にひとり若い男の人が座っていて、あとは合計4人の店員さんがこそこそ忙しそうに動き回っている。
 でも、声を出して台本を「読み合わせ」てる人はひとりもいない。
 あれ、もしかしてここ、めちゃお客さん少ない?え、ダメじゃん、紛れられないじゃん。
 もくろみが外れてますます所在なさげにうつむく私。
 先ほどのお姉さんが私の前にやってきた。お姉さんは「ご来店ありがとうございます」と言いながら私に記入用紙を渡した。
 記入用紙には、ここで名前(ニックネームでも可)と台本の読み合わせマッチングが可能かどうか記入するみたいだ。
 ここでマッチング可に◯をつけてしまうと、とうとう知らない人の前で演技とやらをすることになってしまう。ヤバい恥ずくて死にたい。◯つけるのやめたい。が、その前に……この読み合わせカフェ、人がいない。これ、◯つけても読み合わせることできるのか……。
「うん、さっきまでは結構お客さんいたんだけど、入れ違えで帰っちゃってね。でも、少し待てばまた来るはずだから」
 お姉さんは私の心を読んだかのようにそう伝えた。
「あ、あ、はい」
 私はきょどりながら、ここで、読み合わせマッチング可のところに◯をつけてしまった。別に勇気を出したわけでもなく、逆にお姉さんの手前、不可に◯をつける勇気がなかっただけだ。

 お姉さんの言うことは軽く嘘であった。15分くらい新たなお客さんはこなかった。
 私は何をするでもなくスマホに目を落としながらいたたまれない時間を過ごした。
 そのうち、暇になった男性店員さんふたりが、じゃれながら台本を手にとった。
「暇だから読むぞお」
 多分あの男性店員さんはふたりとも舞台俳優の人なはずで、かなり顔良さげなお兄ちゃんたちだ。
 そういう方たちがじゃれあっているの見るの、正直好物なので嬉しかった。
 男性店員さんが読み合わせを始めた。
 その話は『笑いの太字』。喜劇作家の養成学校の講師と生徒の話で、三谷幸喜さんの名作の台本をまんま書き起こして卒業制作で出してきためちゃくちゃな生徒を講師の人がたしなめたり逆にたしなめられたりする話。
 それをひっそり聞いていた私。笑いをめちゃこらえていた。
 いや、話としてすんごい面白いのももちろんなんだけど、お兄さんたちの読み方もめちゃくちゃ上手い。講師役のお兄さんのたじたじになる感じもかなり上手いし、生徒役のお兄さんのすんごい厄介な感じもいい。
 まず、ふたりが声を出すとぴんと空気が変わったの分かった。なんていうかこの人たちはそこらへんにいる人たちとは違う。「プロ」なんだってめちゃわかる。
 ここで昔話。
 私のお兄ちゃん、大学通いながらボクシングジム通っているんだけど、あるときお兄ちゃんに忘れ物届けることになった。生まれて初めて入ったボクシングジムは汗臭くて、格闘技、というかスポーツ全般興味ない私はそそくさと立ち去ろうとした。
 ここで、お兄ちゃんは私を引き止めていった。
「おい、今日はな、実は世界ランカーと日本ランカーの先輩ふたりがこれからスパーやるんだよ。こんなのまず見れねえから見てけよ」
 いや、大丈夫っす。と言う私をお兄ちゃんは引き止めて、私は渋々そのスパーとやらを見た。
 うん、私はボクシングとか興味なく、人の殴り合いとかマジやめてほしい平和主義者だ。でも、そのスパーとやらは面白かった。
 ふたりとも動きや発する気が、ふつうのひとと明らかに違う。見ててすごい引き込まれるのだ。
 注視してしまった私を見て、お兄ちゃんは自慢げに言った。
「な、よかったろ。これが金の取れるスパーだよ」
 そうお兄ちゃんは言った。金の取れるスパー、つまり練習なのにお金が取れるもの、それが今現在、読み合わせという形で私の目の前で行われている。いや、これすごい。演劇のチケット代よくわからないけど、これもう超目の前だから一万円くらいするんじゃない。それ実質タダだよタダ。無料10連だよ。ああ、雰囲気よい。面白い。超笑いたい。
 気がつくとふたりの読み合わせを他の店員さんも聞いてて、先ほどのお姉さんもアハハと笑ってくれていた。だから私も後半はそれに合わせて思いっきり笑うことができた。あははは。ほんと、よかった。

 そんなとき、私に声をかけてきた人がいた。
「おい姉ちゃん、今暇?」
 それは私以外の唯一の客の男。言うならば客Aだ。っていうか客がひとりしかいねえんだから、Aってラベリングする意味実は皆無なんすけど……。
「へ?」
 すんごいマヌケな声が出た。私ですか?と聞きそうになったが、周り見ても人が私しかいないのだから、私に決まっってる。
「読み合わせせえへん」
 あ、めちゃ関西弁だ。関西人や。そして雰囲気がめちゃチャラい。
 こういう輩とは関わらないようにすべしということは、お父さんもお母さんも親戚のおじさんも言っていた。よし、関わらんことにしよう。私は、ザ聞こえなかったフリをしていると、店員の男の人が、「当店ナンパ禁止ですから」と言った。それは強い口調ではなく、半笑いであった。
「ちがうてちがうて。ここ読み合わせカフェやん。読み合わせしたくてたまんないねん」
 すんごいじゃれあってる。え?お前ら仲いいの?知り合い?ってことは客A、お前も役者か。
「店員さん。『アオナ』ください」
 客Aの声。まもなく私の手前に台本が配られる。
「お嬢ちゃん、これ『アオナ』っていう台本でな。ふたり芝居で、コントで、いい台本なんや。そして読み合わせカフェに最も適したホンなんや。なぜならば、このホンはな、演者がどちらも男女どっちでもいいからな。そして淡々と読めるのがいいんだよ」
 客Aが頼んでもいないのに説明を始めやがった。
「よっしゃ俺客な。はい君店員。スタート」
 手が叩かれた。読み合わせが始まる。始まってしまった。私、一言もいいって言ってねえのに。私は慌てて読み始める。つんのめるように読む。
 『アオナ』。青菜を買ってくるように頼まれた客が店員に何を買えばいいか相談する話。客も店員も相手を否定せずにいるから、お互い言ってることがどんどんおかしな風になっていく。
 全く望まない形ではじめての読み合わせをしている私。で、その感想なんでございますが……
 おもろい。読んでてすんごいおもろいと思ってる。あ、でも、まわりの店員さん聞いてる。恥ずい。下手と思われていないか。いや下手に決まっとるだろう。というか下手と思わんわけないやろ。ていうか下手オブザイヤー受賞やワイ。
 あかん。あかん。でも止まれない。いや、止めたいと思ってない。だって、恥ずかしさより読む楽しさが勝ってる。
 ヒトと読むって、ふつーにたのしー。


「お、可愛いお嬢さーん、読むの上手かったね」
 『アオナ』を読み終えた後。あの親しみやすさの塊である店員のお姉さんが話しかけてきた。私はただ恐縮するばかりだった。そして一般庶民の私にとって「可愛い」と「お嬢さん」という呼ばれ方と「上手かった」という褒め言葉の重ねがメガマックのように胃をずしずしエグってくる。
「おっ、店長調子はどうや」
「あはは、ぼちぼちでんなあ」
 おどけながら客Aの言葉に答えるお姉さんを見て、ついつい私は声が出てしまった。
「……、へ店長?」
 私は驚いた。え店長?イヤイヤイヤイヤ。どう見てもお姉さん20代だし。ヒゲじゃないし……。
 ほら、いやあ、店長ってヒゲじゃんだいたい。この人ヒゲじゃないし。
「まぁまぁ店長っていうか、言い出しっぺなだけなんだけどね。たまたまこういう台本の読み合わせをする場所がやりたくて、ツイッターでつぶやいて、なんとなく役者仲間に声かけて、借りれる場所探して。わーーっってだいたい一ヶ月くらいでつくった」
「え?そんなにすぐに」
「私やりたいってなったらせっかちで動くの早いからねえ」
 お姉さんこと店長さんは笑っていた。いや、なんでもないことのように言ってるけど、すごいことやってるじゃん。
「まぁ酒好きで酒に弱い女やけど、行動だけは早いんよ」
「おっ、営業妨害かあ。出禁にするぞお」
 店長さんはニコニコ顔のまま客Aにつっこんだ。で、ちょっとアハハって笑ってから少し真顔になって私に言った。
「お嬢さん、おヒマなら、一緒に読みませんか?」
「え?」
「本当は店員との読み合わせは500円取るんだけど、お嬢さん可愛いからタダ。内緒ね」
 店長さんは人差し指をくちびるに乗っけて言った。
「おお、出た闇営業」
 このセリフは客A。
「はいはいうるさい」
「黙っててやるから俺も混ぜろ」
「おお、仕方ない。のんでやろう」
 え、店長さん、のんでしまうんですか。私、この輩と出来るだけ言葉交わしたくないんですが。
 こうして店長さん、客A、私の読み合わせが始まる。
 読むことになる台本は『お父さんは若年性健忘症』。登場人物はお父さん、お母さん、娘の3人だった。
 私は娘役をやるものとばかり思っていたけど、店長さんはぴっと私を指差して「あなたお母さん」と言った。
「え、いや……え?あ、はい」
 私は否定も出来ずにそのまま読み合わせが始まった。
 『お父さんは若年性健忘症』。若年性健忘症になったお父さんが、色々なことを忘れ始めるんだけど、お母さんとの青春時代のバブルのことと娘のことだけは忘れてなくて……っていうちょっと哀しくも優しいコメディーで、ほんと読んでて泣きそうになるくらいいい話。
 店長さんは上手かった。いや、さすが役者さんっていうか、よっ、舞台女優っていうか。
 そんな軽口は置いておくと、店長さん読み始めるとさっきまでの店長さんと全然違う雰囲気になるのが凄かった。気さくでほんわか、包みこむような優しがあったけど、今、わがままで気ままな感じが前面に出てて、マジ、『娘』な感じ。
 で、客A。こいつも上手かった。お前すんごい素敵で優しいお父さんの声出てるやん。当たり前やけど関西弁も出てないし。百パーさっきの輩感ないやん。そうかおめえも役者だもんな。下手なの私だけやん。ああ恥ずかしい。
 お姉さんは本当はもっと大人なはずなのに、今は少しわがままな娘を演じてる。客Aは本当はもっと輩なはずなのに優しいお父さんを演じてる。ふたりとも本来の自分と全く違うものを演じている。
 そうか、プロの役者というのはそういうスキルを持っているからプロの役者なのだな。すげえ、君らすげえよ。
 ……。
 いや待て。
 私はこのふたりとも今日初対面だ。出会ってから1時間経ってない。「本来のふたり」など知るわけがない。要するにさっきまでのふたりが本当の自分なのかもわからない。むしろ、今のこのふたりのほうが本当で、さっきまでが本当ではないのかも?そんぐらい今しっくりきとる。
 ……なんだろう。読み合わせていると、すごいふたりのことを考えてしまう。ふたりがどういう人なのか。知らず知らずのうちに考えてしまう。驚きだ。台本をいっしょに読むと、こんなにも相手のことを考えてしまうなんて。
 いやいや、それより私だ。私こそクソ生意気に、クソ自分勝手に生きていて、なんか、世の中のすいも甘いも知ったオトナなお母さんを演じている。これこそウソだ。すんげえウソ。これは誰がどう見てもウソだって思いますよこれは。
 そういう絶対の信頼?を確信しながらも、私は必死に台本を読んでいた。

「ふだんも面倒見いいコなんだろうね、お嬢さん」
 読み終えた後、店長さんがそう私に言った。
「え、いや、そんなことないですって!!」
「はは、隠してもダメなんだよ。私にはわかるの。というか『私が』とかいうんじゃなくて、読み合わせしてるの見るとね、他の人には意外とわかっちゃうんだよねー」
「そそ、俺もそう思った」
 客Aも同意している。
 お前らマジで言ってますか?ホントですか?絶対ちゃいますがなああ、と私はもう背中にだらだら汗が流れてた。
 というより、
 え?あなたたち、読み合わせている間私のこと考えてくれてたの。私がふたりのこと考えていたように。
 そっか、やっぱり、読んでいると、考えるんだ。他の人のこと。けっこう。
 そして、あ、いや、どうだろう?そうなのかなあ。私は自分が面倒見が良かった自覚なんて一度もないけど。
 ちがうって、そういう役やってただけで、しかもその役うまくできてなかったし、ああちがうのだって。
 でも、演じるプロである店長さんがそう言ってくれるなら、そうかもしれない、
 ああ、混乱。ああ、どうなんだ。ああ、私ィ〜〜わからないィィーー〜〜…………

「え?役者さんじゃなかったんですか?」
「ああ、俺、ただの演劇よく見るやつやで」
 3人での読み合わせを終え、店長さんがその場を離れたあと、私は客Aと雑談をしていた。していた、というか客Aから話しかけられたんでつきあってやってた。
 客Aは、ただの観劇好きらしいが、あまりによく顔を出すために役者さんたちに顔を覚えられ、すっかり仲間みたいに馴れ馴れしくなりやがったというわけだ。
「お嬢ちゃん、なんのきっかけでここ来たん」
 そう聞かれて私は口ごもった。
「ああ、……なんていうか、たまたまツイッターで知って、ああ、なんか、あの、私声優になりたくて」
 あ、なんか言うに事欠いて身内にも話していない声優になりたいこと話してしまっている私。やば。
「あ、でも、それだけで、別に養成所とか行って演技のお勉強してるわけでもなければ、演劇とかもほとんど観たことないですし、いやあ、変ですよね。演じるのにほとんど関係ない私が読み合わせカフェに来るなんて」
 私は赤面しながらこう言った。そんな私を見て客Aはこう言った。
「何言うてんの。この世の中で演じるのに関係ない人なんておらんて」
 あまりに意外な言葉に、私は目をぱちくりさせてしまった。
「例えば、お嬢ちゃんは家では学校ではイイコ演じてるやろ」
「え?あ、え″え″⤴︎?」
 私は思いきり語尾を上げた。
「いや、いかにもイイコ演じてそうだから」
 いや、演じてますよ。絶賛演じてますがナニカ。
「俺もな、そうやねん。本当はすんごい内気で真面目だけどこうやって人を楽しませようと、傲慢な兄ちゃん演じてるねん」
「はあ?」
 私は究極に生返事。
「そうやって、人は他の人に、こう見られたいとか、こう思って欲しいって常日頃思いながら演じているんよ。いい人思われたい。楽しんで欲しい。優しくして欲しい。構わないで欲しい。人はそれを人に伝えるために、ずっと演技をしているんよ」
「いや、なんか言ってること変ですって。演技って俳優さんとか声優さんがテレビとかアニメでするものじゃないですか?だからイイコ演じるとか、そういう『演じる』と、俳優さんの『演技』は絶対別ですって」
 私はついつい反論してしまった。
「うん、まぁ別って思うのはお嬢ちゃんの考えで、そっちが正しいかもしれへん。まぁ俺は一緒と思ってる。だから演じることに無関係な人間はいない。これ、俺の持論」
「はぁ、そうですか」
 なんか私は釈然としなくてムッとしたまま椅子の背もたれに寄りかかった。そんな私を見て客Aはさっきの『お父さんは若年性健忘症』のお父さんみたいな優しい声で言った。
「あ、それはそうとお嬢ちゃんと2本読めたけど、めっちゃ楽しかったで」
 褒められていることに慣れてない私は、たぶん恥ずかしさと喜びで赤面してたんだと思う。我ながら死ぬほど私はちょろい。
 恥ずかしさをかき消すためになんか客Aに言い返そうと思ったとき、店のドアが開き、たくさんの人が入ってきた。
 落ち着いていた店内は一気に賑やかになった。

 そこから先、読み合わせカフェは大盛況だった。
 さっき店長さんが言っていた「今だけ人がいない」は、言いわけとかじゃなかったみたい。
 私もたくさん、色んな人と色んな本を読んだ。
 もう、そこに遠慮とかはなかった。一度勢いがつくとどこまでも思いっきり演じてしまうし、どこまでも思いっきり他の人と絡んでしまった。これがコミュニケーションの楽しさかあと、私は思いきりリア充かぶれなことを思った。
 私はたっぷり、これ以上いると帰りが遅くなってお母さんに心配される寸前まで読み合わせを楽しんだ。
 店長さんの「またきてね」の声に思いきり「はい!」と私は返した。客Aの「またな」の声は意図的に無視した。そして私は帰路に着いた。
 帰りの電車の中で周りを見渡して、ふと可笑しくなった。
 さっきまで、私が日常でぜってえ言わないようなセリフを大声で言っていたことをこの人たちは知らないし、この人たちは絶対さっきまでセリフを大声で言っていない。そう考えるとなんか変な優越感があった。
 そこで、客Aの「演じることに関係ない人間はいない」って言葉を思い出した。
 実はこの電車の中の人たちはつまらなそうな顔をしているが、それは全部演技で、腹の中では凄い面白いことを考えているかもしれない。
 うん、何か一度演じることをすると、周りの人のことをものすごく考えるようになる。そしてそれは、なんか楽しいことだった。
 ニヤニヤ顔を隠して、そしらぬ私を演じながら電車に乗る私。でも私は演じるのがまだまだ下手だから、実は周りから見たらニヤニヤしていることがバレバレかもしれない。まぁそれでもいいか。地元の駅に着くまで1時間半、こうやって演じ続けてやろうじゃないか。
 私のひとりよがりなひとり舞台が勝手に幕を上げていた。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?