be a Hero

 未来。人々のそばにはヒーローがいた。これは比喩ではない。人々の横には常にヒーローがいた。
 この時代の人は物を持つ必要がなくなっていた。スマートフォンすら持つ必要がなくなっていた。身体に埋め込まれた原子集積装置と3Dプリンタにより、どんな複雑な機構であってもすぐに具現化できる。手ぶらで具現化できる。
 そう、ヒーローですらも。

 グレイ坂学院はエリート校だった。学院につながる灰色の坂を、長くしなやかな髪の毛を風に揺らしながら、白く長い脚をすらすらと動かして歩く女生徒がいた。
 三条夏芽《さんじょうなつめ》。彼女はこのグレイ坂学院の生徒会長だった。
 坂の途中。男子生徒を掴まえて怒声を浴びせるスーツ姿のガラの悪そうな男が2人。「飲み物がスーツに引っかかった」やら何やら。どうやら因縁をつけられてしまったらしい。
 夏芽はつかつかとそのチンピラたちに近づく。そっと髪の毛をかきあげる。それが合図だった。
 夏芽の身体の中の原子集積装置がキュィィィィと動き出し、無であった空間に固体が紡がれていく。その固体はやがて礼服に身を固めた細面のイケメンとなった。
「御機嫌よう、紫苑《しおん》」
 夏芽はそっと、その現れた男の名を呼ぶ。
 生徒たちはさっと身を引く。
 チンピラたちは一瞬たじろぐが、彼らは自らの手首を触る。それが「引き金」だった。
「「現れろ【ヒーロー】」」
 彼らの目の前にも固体が具現化し始める。
 一体は両手両足が刀であり、身体に無数の刀を持ち、さらに顔が刀であるヒト。
 一体は両手両足がマシンガンであり、身体に無数のマシンガンを持ち、さらに顔がマシンガンであるヒト。
 夏芽の網膜には、二体の【ヒーロー】のパーソナルデータが表示されていた。
 彼らの【ヒーロー】の名前は、『日本刀ブレード』と『銃マシンガン』。
 お前らの【ヒーロー】……、ヒーローというより怪人なんだよなあと、夏芽はひっそり心の中でにやけていたが、すでに多くの生徒がとり囲んで人だかりになっている以上は呆れたように鼻で笑うアクションを起こすしかない。そう、三条夏芽はクールビューティーで通っているから!

【Hero battle】レディーゴー!!

 どこからともなく、そんな声が聞こえた。
 日本刀ブレードは、両手両足、そして身体顔の日本刀を紫苑に乱打する。紫苑はすべてを紙一重で避けつづける。それらのうち一本を掴むと、飴細工のようにポキリと折った。
 銃マシンガンは、両手両足、そして身体顔のマシンガンから紫苑に銃弾を撃ちこむ。紫苑はこちらもすべてを紙一重で避けつづける。さらにはそれらの銃弾をすべて人差し指と中指で掴みその場に落とす。やがて足元には銃弾の山がつくられた。
 紫苑は山になった銃弾から二つを掴むと同時に指で弾いた。それぞれの弾丸が日本刀ブレードと銃マシンガンの眉間を貫く。
 夏芽の網膜に表示された奴らのHPバーは0になり、『You win』の文字が表示される。
「さぁヒーローバトルは私の勝ちだけど、どうなさいます?まだうちの生徒に何か用はございますかぁ?」
 夏芽の言葉に、チンピラふたりは走り去った。観ていた生徒たちは拍手喝采を送った。
「ありがと紫苑」
 夏芽は紫苑に声をかける。
「いえ、夏芽、私は礼を言われるようなことは何もしていませんが」
 そう言って紫苑は消えた。
 くぅー、涼しい横顔でそう言われるとマジ萌えんだよなあと夏芽はどきどきしたが、ここは一般生徒たちの面前だ。あくまで自分のクールビューティーな風評を1ミリとて損なわないよう。「相変わらず謙虚ね」とめっちゃめちゃ取り繕って言った。


 元々スマートフォン向けゲームを開発していた賽ゲームス社がつくりあげた【be a Hero】は、元々子供向けのゲームとしてつくられたはずであった。が、やがて、多くの人間がお互いのヒーローをつくり対戦させる、というシステムに熱中し始めた。今や、【be a Hero】による優劣が社会における地位に大きな影響を及ぼすようになった。
 三条夏芽と彼女がつくった無敵の【ヒーロー】紫苑。
 多くの【ヒーロー】はテンプレである。皆は歴史上の偉人や芸能人、スポーツ選手などをモチーフに自らの【ヒーロー】をつくりあげていく。それは夏芽も違いがない。夏芽のつくる紫苑も夏芽が人生で出会った恩師や初恋の相手や親戚やアイドルや執事喫茶の店員さんや腐女子向け同人誌のキャラクターを下地としており、完璧なオリジナルではない。人がもつ憧れには既存の対象があり、存在しないものに憧れを抱くことはない。故に夏芽の紫苑も広義に言えばテンプレであることに間違いはない。
 が、夏芽が他と異なるのは既存のヒーロー像から日々最高の【ヒーロー】を追求し続けている点だった。夏芽は日々紫苑をチューンナップし、最高の【ヒーロー】を更新し続けている。それはもはや妄執と言って良いほどに。
 故に夏芽は学院内に敵はいなかった。彼女の【ヒーロー】紫苑は最高にイケメンで最高に強く最高に優しかった。それは夏芽が【ヒーロー】の持つ優しさや強さを追求し続けている点にある。
 【Hero battle】において無敗であるだけでなく、見た目も最高によい紫苑はグレイ坂高校の生徒たちの羨望を浴び、そして夏芽自身も羨望を浴び、夏芽自身が有能で麗しい最高のヒロインとして、彼女の人生を驀進していた。

 
「おう、あんたが生徒会長か」
 小汚い学ランを着て、これまた小汚いサンドバックみたいなカバンを担いだ見知らぬ男子生徒がぶしつけにそう手を差し出してきたので、夏芽は面喰らった。
「俺は今日からこの学院に転校してきた。鷹気豪太郎《たかきごうたろう》っていう、よろしくな」
 なんやコイツ。すんごい汚い、鼻水ついてそうな手を差し出してきやがる。
 夏芽が無言で豪太郎をにらんでいると、豪太郎は不思議そうな顔で聞く。
「なんだお前。飼っていたウーパールーパーが今朝死んだのか?」
 おう、そのデリカシーのない発言な。やべえやんコイツ。昭和や昭和の漫画のキャラクターみたいやんけ。ソレもう数百年前に絶滅したやろ。
「なんだお前は」
「三条さんに、馴れ馴れしいぞ」
 おっ、生徒会の役員たちが駆け寄ってきてくれた。普段はクソつまんないモブみたいなキミらだけど、今回はナイスだ。夏芽は心の中で密かに喝采をした。
「おっ、お前たちもこの学院の人か。よろしくな」
「僕は、君にここから出てけと言っている」
「おいおい、それはないぜ。俺は転校生だけどこの学院の生徒だ。それを言われる筋合いはねえな」
「何!!」
「鷹気さん。と言いましたっけ。今私たちは今生徒会の業務で忙しいんです。外に出ていって下さいませんか」
「嫌だなあ」
「はいい?」
「なぜなら、俺はお前たちと友だちになりてええからな」
 はああ?(めっちゃ語尾上げてる)ますます昭和の漫画やんけコイツゥ。夏芽は超ツッコミを入れた。
「とにかく出ていって……」
「俺はお前と握手をするまで出て行きたくない」
「何言ってるの。出て行って」
「【Hero battle】だ」
「は?」
「この世界の物事は、すべて【Hero battle】で決着がつく。そういうことになっているはずだ」
「お、おう」
 夏芽はついつい、気の抜けた返事をしてしまった。
「何を言っている貴様」
「ふん。好都合じゃないか。我々がお前を叩き潰してやろうじゃないか」
 生徒会役員Aがそう言い放つ。いいぞやれ、とは夏芽の心の声である。
 生徒会役員Aは【ヒーロー】を出す。着物姿で犬を連れた恰幅の良い男。『ウエストgo隆盛』。日本の幕末の偉人を基にした【ヒーロー】だった。
「そいつがお前の【ヒーロー】か。じゃあ俺の【ヒーロー】を出すぜ」
 そう彼が言った瞬間、豪太郎の身体に現れた原子たちがまとわりついていく。それはまるで鎧のように。
「ヒーロー参上!!」
 そこにいたのは白銀の鎧を着、右手に刀を持った騎士、それは鷹気豪太郎自身だった。

【Hero battle】レディーゴー!!

 ウエストgo隆盛は豪太郎に犬をけしかける。大きく口を開け突っ込んでくる。必殺【ツン、バウティング】。豪太郎はそれをさらりと避け、刀を返し峰で犬を撃つ。さらにウエストgo隆盛の腹にも刀の峰をめり込ませる。昏倒する犬と大男。彼のHPバーは0になった。
【You win】
 豪太郎の網膜にそう表示された。
「あなた。それは何?」
 そう聞いたのは夏芽だった。
「聞いてなかったか?【ヒーロー】だ」
「おかしくない?自分自身が【ヒーロー】になるなんて」
「いや、俺は、俺自身が【ヒーロー】として生きたい。おかしいかな」
「おかしいです!!」
 夏芽の語気は荒ぶった。何という自分勝手。何という傲慢。人は弱いのだ。とてもとても。だから人は【ヒーロー】という像を自分自身ではなく外に求める。それなのにコイツは自分自身が【ヒーロー】たろうとしている。誇大妄想の狂人だ。狂っている。
「夏芽、汗」
「し……紫苑」
 いつの間にか具現していた紫苑がハンカチで夏芽の額の汗をぬぐっていた。紫苑の顔を見て夏芽の気持ちは収まる。
「転校生さん。この世界のすべてのことは【Hero battle】でかたがつく。そうでしたね」
「ああ」
「ならば戦いましょう。私の紫苑と」
 そうだ。そうなのだ。私がつくった最強の【ヒーロー】、最強の男たる紫苑がコイツに負けるはずがない。好都合ではないか。自分の思想が、自分の理想が間違っていないということを改めて証明するのだ。
 わいわいがやがやという声が聞こえてくる。
 気がつくと、たくさんの生徒が集まってきた。そして先生方も。
「なんだね、三条くん、この騒ぎは」
「申し訳ございません。転校生の鷹気さんが風紀を乱しておりまして」
 夏芽は髪の毛をかきあげる。
「このままでは授業に支障が出る何とかならんかね」
「鷹気さん。是非勝負いたしましょう。ただし、他の生徒、教員の方々のご迷惑にならないよう、来週の全校集会の時にね」
 夏芽は人差し指をぴしっとのばして言い放った。

 その日の夜。自宅のベッドの上。夏芽は空間キーボードを出現させ、メガネをたくし上げながら、必死に紫苑のアップデートを行なっていた。
 今このまま当日まで、準備を怠らなかったとしてもひゃくぱー紫苑が勝つとしても、勝負に手を抜かないのが私の流儀だ。
 そうやってキーボードを叩きまくる。コンピュータ、ネットワーク、人間の脳が連結された未来のこのときにおいて、コンピュータのプログラミングはすべて、「思考」内でできるのだが、夏芽は古いプログラマーのようにキーボードをカチャカチャと叩き続ける。
 なぜならばそれが一番「やっている」感があり、プログラミングがノルからだ。
 エンターキーを思いきり、カチャッと押してノビをする夏芽。
 横に現れた紫苑が、ポットを出現させハーブティーをカップに注いでいる。
「夏芽、お疲れさま」
「ふふ、こんなのは疲れたうちに入らないわ」
 夏芽は、「ああもう疲れたにゃーん。ひーざーまくらーしてー。紫苑のひざにあたまうずめたーいー」と言いたい気持ちを抑えてクールに言う。
「あまり根を詰めすぎないように」
 紫苑はいつのまにかルマンドを出現させ、お皿の上にのせていた。
「余計な心配は無用。と言ったはずよ」
 それを夏芽が言うと、紫苑は礼をして消えた。
 そう。これなのだ。【ヒーロー】はさりげなく優しく私たちを支えてくれる存在であるべきで、あんな前面に強引に割り込み、わちゃわちゃ言われては困るのだ。本当に困ったときとそばにいて欲しいときだけ現れて、そのとき以外は姿を見せない。この不干渉さこそが【ヒーロー】の肝である。夏芽はそう考えていた。

 その翌日、緊急の全校集会のときであった。
 壇上に上がったのは、校長ではなく、理事長の篠ノ井と名乗る男だった。
 篠ノ井は言った。
「これから皆さんに見てもらいたものがあります」
 そこに現れたのは、屈強な身体を甲冑におしこんだ、精悍な【ヒーロー】だった。
「『呂布エンド』、と申しまして三国時代の中国の武将をモチーフにした【ヒーロー】です」
 全校生徒はその、静かにその威圧感に見惚れている。
「この呂布エンドを、皆さんのヒーローにしてもらいたいと思います」
 全校生徒は言葉を失った。最初、篠ノ井が何を言っているのか誰も理解できなかった。
「ですから、皆さんのヒーローを一律に呂布エンドにしようと思っているのです」
 篠ノ井は笑いながら後を続ける。
「この呂布エンドは、全国の、いや全世界の【ヒーロー】の中でも極めて優秀な成績を残しています。この【ヒーロー】を我が校の生徒皆が使えば、当然他校の【ヒーロー】には負けません。変な大人に絡まれてヒーローバトルをふっかけられることも減ります。つまり、いいことづくめということです」
 「そんなの!?」と夏芽が声をあげようとしたとき、「おい!?」という声が聞こえてきた。
 その声をあげたのは豪太郎だった。
「そりゃちがくねーか。ズルじゃねーか」
「いやあ、それがズルではないんですね。今までヒーローバトルで、画一な【ヒーロー】を全生徒で使うことや、教師がプログラミングした【ヒーロー】を生徒に使わせることを禁じた法律はありません。なぜならば、生徒の自主性に任せ、校内のヒーローバトルで切磋琢磨させた【ヒーロー】が最も強い、ということが信じられていたからです」
「それは、その通りじゃねーか」
「いいえ。違います。というのも、もう長い歴史の中で、最も戦いにおいて強い【ヒーロー】という最適解が出てしまったのです。それが呂布エンドです。最適解が出てしまった以上、皆がそれを使うのが最も良いのではないですかね」
「それは違うな」
「へぇー、それではあなたは、差別を行い、成績優秀者や金銭的に余裕のある者にだけこの呂布エンドを使わせるということが正しいと」
「そういうことじゃねえよ。そんな唐変木より、俺の【ヒーロー】の方が強えぜって言ってんだ」
 夏芽は少し悔しいが豪太郎に同意した。その通りだ。あの鎧のデカブツより、私の紫苑の方が絶対【ヒーロー】としてイケてる。
「じゃあ、試してみますか?」
 篠ノ井は不敵に笑う。
「望むところだ」
 豪太郎の身体を鎧が纏い、彼は白銀の騎士となった。

【Hero battle】レディーゴー!!

 豪太郎は呂布エンドの首筋に刀を振り下ろす。
 凄まじい金属音。
 折れたのは、豪太郎の刀だった。
「な!?」
 折れた刀は呂布エンドによって掴まれていた。
 次の瞬間呂布エンドはあっさりと豪太郎を組み伏せた。ドシンドシンと工事現場のような音が鳴る。それは豪太郎に馬乗りになった呂布エンドが鉄槌を加え続ける音だった。間もなく豪太郎は失神し、豪太郎の鎧は消えた。
「お待ちなさい」
 彼らの前に躍り出たのは夏芽だった。
「これはこれは、生徒会長の三条さんではないですか」
「いくら生意気な転校生とはいえ、全校生徒の前であまりにもな行為ではないですか」
「はあ、少しやりすぎましたかねえ」
「そして、私も少しながら彼の意見に同意します。すべての生徒が同じヒーローを使うのは、我が校の自主自立の校風にも違うと思うのですが」
「ははは、校風ね。そんなものに何の価値があるというんですか?」
 篠ノ井ははっきりと言う。
「校風、そんなものを守っていても生徒たちの利益に何もならない。が、この呂布エンドを使うことで生徒たちの人生は間違いなくよい方へ進む。まぁヒーローバトルに勝つことだけが人生ではないので必ずしもということではありませんが、間違いなく生涯年収は底上げされる。校風と生徒の生涯年収。大事なのは後者だとは思われませんか」
「私が思っているのはそこではありません。わたくしの紫苑はその【ヒーロー】よりも、強い!!」
 夏芽は自分が言っていることが豪太郎と同じあることに気がつき、少し赤面した。
「ほう。では」
 不敵な篠ノ井。夏芽はキレた。キレた夏芽に応えるように、横には紫苑が現れていた。

【Hero battle】レディーゴー!!

 紫苑は素早く両手に持ったナイフで何十撃と攻撃を加える。呂布エンドはピクリとも動かない。
「それで終わりですか」
 篠ノ井の声とともに、紫苑の両手首は呂布エンドに掴まれた。そして紫苑を組み伏された。
 そこから先は、豪太郎と同じだった。呂布エンドの鉄槌がゴツンゴツンと絶え間なく降り注がれる。紫苑の綺麗な顔が汚れていく。そしてHPバーがゼロになり、彼は消えた。

【you lose】

 夏芽の網膜に映る敗北の文字。恐らく生まれてはじめて見るその文字。さらに夏芽を追い討ちするようなことが起きた。今まで校内で無敵であった紫苑が倒れた瞬間、全校生徒がそろって大きな拍手をしたのである。
 篠ノ井と呂布エンドは全校生徒に向かって礼をした。


 夏芽は、保健室のベッドで横たわる豪太郎の頭におしぼりを乗せ、ため息をついた。
 豪太郎はのっそりと起きた。
「お、俺は」
「おはよう。完膚なきまでに叩きのめされたわよ。完膚なきまでにね」
 夏芽は憂さを晴らすように、「完膚なき」を思いきり強調して言った。
「そうかあ……」
 うつむく豪太郎。
「で、お前の【ヒーロー】はどうした。あいつに勝てたか?」
「……って、何で私が喧嘩売ったこと知ってるの?あんた失神してたんじゃ?」
「いやあ、お前が黙っているわけないだろうと思ってな」
 図星すぎて目をそらす。
「で、負けたのか」
「……」
「そうかあ……」
 豪太郎はカーテンをさっと開いて外を見た。
「おしまいね。あなたも私も、これからはあの唐変木を【ヒーロー】として使うことになるわ」
「……導入はいつからって言ってた?」
「来週の月曜日。全校生徒会のときに導入のレクチャーをするみたいね」
「よし、じゃあまだ5日あるな」
 豪太郎はベッドを飛び降りた。
「ちょっと待って、あんた、どういうつもり」
「そうだ。頼みがある」
 豪太郎は夏芽の目をまっすぐにみる。
「俺と一緒に修行してくれねえか」
「はい?」
「修行を一緒に」
「……どういうつもり」
「ああ、負けたんならもう一度鍛え直せばいいだけだ」
 やべえ、ああやべえこの昭和脳。すべて努力なり特訓でどうにかなると思っている。ああ、ダメだ。旧時代。原人や。こいつジャワか北京や。
「夏芽」
 横に現れたのは紫苑だった。
「夏芽、ここは彼の言うことに乗りましょう。夏芽のつくり上げた私が、最強の【ヒーロー】ではないという事実は間違いであると私は思います。それを証明するべきかと思います。そして、夏芽がそれを否定しても、私自身が、もう一度闘いたいのです」
「おう、お前わかってるじゃないか」
 豪太郎は紫苑と握手をしてしまう。夏芽はワンテンポ遅れて「しょうがないわね。このバカども」とそこに手を差し出した。

 豪太郎は夏芽がチューンナップした紫苑と向かい合う。夏芽は考える。すでに紫苑の能力値は完璧に近い状況だ。ならば、もう伸ばせるのは私自身の力。
 プレイヤーは状況において、【ヒーロー】の全身の能力値のバランスを少しばかり変えることができる。普通は戦闘中にそんなことはやらないが、自らが【ヒーロー】となり、自らの武装の能力値をころころ変えて戦う豪太郎を見て、その戦い方を模倣することにした。
 結果、夏芽が紫苑に行なっている作業はいつものようなデスクワークではなく「組手」であった。
 朝から晩まで、豪太郎と紫苑はお互いの拳を重ね続けている。やがて崩れ落ちた豪太郎に手を差し伸べる紫苑。
 なんや、なんて尊いんや。
 その光景を見ていた夏芽は興奮していた。ふたりの組手の際にはきらめく汗が見えている。イケメンの汗というやつはなんと綺麗なのだろう。少しばかり舐めたい。あっ!!紫苑はヒーローなので汗をかかない。ではあれはあの唐変木がかいたやつか。じゃあダメだ、汚い。今の私の思考ナシ。
 夏芽はぐっと手のタオルを握りしめた。


 篠ノ井の計画は順調だった。
 デモンストレーションとして、校内最強のふたりの【ヒーロー】を叩き潰したことで、生徒たちは呂布エンドの一括採用に完全に乗り気になっている。これでこの学院の生徒たちの差異は消える。
 人類を発展させようとしてきたのは差異であり、他人に抜きん出ようとするその精神こそが人類を発展させ続けていた。しかし、その発展こそが戦争を生み、差別を生み、憎しみを生んだ。
 篠ノ井は感づいていた。そろそろ発展の時代は終わる。人類は恐らくこれ以上の発展の余地はないのだ。ならば、その最後期を人間同士のすり合わせのない。穏やかな状態で看取らせてあげたい。ただ穏やかに肩を並べてひなたぼっこをし続ける優しい時間を人間たちに。
 篠ノ井は、やがてこの呂布エンドの普及を全人類へ波及していくつもりである。全ての人間の差別や争いがない世界。安定した優しい世界のために。


 全校集会の日は来た。壇上には無数の呂布エンドがいる。
 篠ノ井のレクチャーに目を輝かせる生徒たち。
「ちょっと待ったー」
 キャットウォークから飛び降りたのは豪太郎。紫苑にお姫様抱っこされた夏芽。
 豪太郎も夏芽も全身がボロボロであった。
「なんだね。君たち」
「もう一度戦いに来た」
「はあ」
「前回の戦いのリベンジをしにな」
 篠ノ井は少しだけ面喰らったが構わないと思った。どうせ結果は同じとなるから。

【Hero battle】レディーゴー!!

 全校生徒の前で戦の鐘がなる。
 豪太郎と紫苑は、それぞれの呂布エンドと対峙していた。

 呂布エンドと対峙した豪太郎は右腕に全装甲を固めた。左半身は裸、右半身は重武装。
 豪太郎は右半身のすべての力を呂布エンドに叩き込んだ。
 が、結果は初回と同じだった。呂布エンドの装甲は少しもゆらいではいなかった。ゆっくりと豪太郎の刀が掴まれる。
 勝負はついたと思いきや、豪太郎は装甲をパージした。たじろぐ呂布エンド。その一瞬の隙をつき、生身の豪太郎は呂布エンドを押し倒した。そのまま馬乗りになり生身の拳を呂布エンドに叩きこむ豪太郎。血まみれの手で呂布エンドを叩く、叩き続ける。
 一方紫苑、彼もナイフで一点を突き続けている。横には真剣な目で様子を見る夏芽。空間キーボードをカタカタと叩く彼女。彼女は紫苑の能力をの攻撃に使う部分にだけ集中させていく。ナイフの先が光り輝く。やがて呂布エンドの鎧にヒビが入る。ナイフが貫く。鬼の形相の紫苑。彼は呂布エンドを地面に叩きつけた。
 横では呂布エンドに何度も拳を叩きつける豪太郎。呂布エンドはようやく動きを止めた。血まみれの両拳を天に突き上げ、豪太郎は雄叫びをあげた。

 呂布エンドは倒された。
 全校生徒は拍手喝采した。その対象はもちろん豪太郎と紫苑だった。
 この敗北と喝采を篠ノ井は冷ややかな気持ちで見ていた。多分あと100戦やれば呂布エンドがほぼ全勝するだろう。この敗北はイレギュラーな二回に過ぎず。彼らはそれを危うい綱渡りでもぎ取ったに過ぎない。
 強く安定したテンプレを使い続けることが人々の安寧なはずなのに、あのふたりは気まぐれでそれを覆したように見せかけている。そしてその偶然の勝利を必然のように人々が絶賛している。
「お前たちは強欲すぎないか」
 篠ノ井は、豪太郎と夏芽にそう問いかけた。
「何を言っている。俺はまだまだ究極の【ヒーロー】を求めていくぜ」
「無論私も」
 篠ノ井は笑った。なるほど、発展しきったはずの人類の中で、まだまだ発展を続けたいという奇特な輩がいる。ああいう輩がいるということは私の計画は時期尚早であったか。
 というより、もしかしたら人類は滅びるその1秒前まで、まだ先に行き続けたいと願う究極に強欲な存在なのかもしれない。
 穏やかな終わりではなく、最後までドンパチ賑やかな宴を求めて。


 勝負のあと、夏芽は生徒会室で豪太郎と2人でいた。
 実は夏芽、日差しに当たった豪太郎の半裸姿をセクシーに感じ、ドキドキしていた。それを決して悟られないように、ただそれを考えて……、いや、いっそ私はこのまま世間体など捨て堕落してしまった方が今後の人生楽に生きれるのでは。ええやん。クールビューティー卒業式やん。
 そんな中、豪太郎が夏芽に近づいたので、夏芽は本当にドキドキした。
 「やんのか」「やれんのか」の文字が頭をぐるぐるする。
 豪太郎は……夏芽に手を差し出した……。
「お前は、俺の大事な『盟友』だ」
 おう、『盟友』か。そうだな。これでコイツと恋仲なんぞになるのは、この三条夏芽あまりにヒロインとして安すぎるってもんだ。
「ズルいですよ。私も混ぜてください」
 そう言って現れたのは紫苑だった。3人の手がぎゅっと重なる。
 ええやん。
 私、この三角関係の中で、究極のヒロインとして生きていくのだ。
 夏芽は表面上、少し憂いと少しの優しさとをふくんでどこか遠くを見ているかのような笑顔を浮かべたが、心の中ではガハハと豪快に笑った。

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