第3回阿波しらさぎ文学賞一次選考落選作品「ボーダーエッジ」

 私はショウコ。プロゲーマーだ。そして生まれ故郷は香川県高松市だった。
 おー、ここでだいたいみんな思うだろう。「香川県出身でプロゲーマー?そんなことがあり得るのか?って」まるで、イギリス出身のシェフや、ドイツ出身のコメディアンを見ているような顔をしてなあ。
 まぁ、世間様たちがご存知の通り、香川県では条例でゲームは1時間以内と決められている。もし1時間を1秒でも過ぎるとうどんで絞め殺される。でも逆に言うと1時間以内ならばゲームは可能なんだ。だから私の親は私にゲームを1時間まではさせていた。私はその1日1時間でめきめきと腕を挙げていった。小学校1年になった頃、香川県内では私にゲームで勝てる奴は誰もいなかった。え?それは香川が1日1時間の条例のせいでゲームが日本一下手な県になっていてレベルが低かったからだろうって?その言葉は香川というか私へのディスだなあ。だって現に私は1日1時間で日本一のプロゲーマーになった。他の香川のゲーマーに足りなかったものは時間じゃねえ。覚悟なんだよ。この1時間に他の23時間を乗せるっていう覚悟がねえ。だから弱くなっちまうんだ。
 私は1日1時間を守ったよ。うちには59分59秒間をしっかりと測ることができる砂時計があった。その砂時計の砂の最後のひと粒が落ちる音がぴとと耳に届く瞬間、私はゲームのスイッチを切る。その間の時間が1秒を経過した瞬間に、うちには香川の特別うどん警察《うどタポ》が来て、うどんをのばす棒でボコ殴りにされて殺されちまう。だから私は絶対にそれをしくじったことがない。だからといって常に砂時計にびくびくしてゲームに集中してねえってそんなビビリじゃ私はなかった。ゲームに没頭しながら、同時に砂時計にも気を配る。不可能じゃねえよ。不可能なはずがねえ。不可能というやつはヌルく生きてんだよ。本気で生きているやつは2カ所同時に気を配ることができんだよ。常に死と隣り合わせのスリルが私を興奮させ、そして強くした。『ぷよぷよ』で最上段までぷよが敷きつめられるとびびって泡吹くやつがが信じられねえ。その程度窮地でもなんでもねえんだ。
 そんなゲームのしかたを0歳児から幼稚園の年大組の間までやっていたとき、私に香川で敵はいなくなっていた。子どもだけじゃねえ、大人の大会でも私は完勝した。つまらなかったから小1のときは小指一本でKOFの大会に出た。ユリサカザキで『香川の八神庵』というディフェンディングチャンピオン(52歳)が操るハイデルン、チャンコーハン、キムカッファンのチームを完封した。そのとき私は思った。ああ、私、この世界取っちまったなと。

 そんな私の思いが霞みはじめたのはそれからだ。香川大会では勝てるがオンラインの全国大会だと決して優勝できない。
 いや、私の実力は負けてねえ。ただ運が悪かった。そう思って腐らずにいた。けれどそれが一年続いたとき、私は私のその思いを疑いはじめていた。
 いや、前も言った通り1日1時間は何のネックにもならない。そして、まわりに全くゲームが得意じゃねえ奴がいねえから、ゲーム上手くなんねえんじゃねえかって批判あるな。それはわからなくもねえ。昔ならばな。今はこんなにオンラインが発達した時代だ。自宅からブラジルのゲーマーと全くラグなくポップンミュージックでセッションできる時代に、土地や場所なんてものに意味があるとは思えねえ。どこどこにいるからダメ、なんて時代はとうの昔に終わったんだ。
 でも、どうしても勝てない私のナニカ。それは私が香川にいることなのではというくだらない妄想が私にふりかかっていた。それは絶対くだらない幻想なのにな

 そのころから、私は気がつくと「大坂峠」に行くことが多くなっていた。大坂峠は香川と徳島の県境にある峠だ。香川と徳島の間には大きな壁があって、おいそれと越えることはできない。壁から50メートル以内の地点に入ると警報音が鳴り、10秒経つと地面から巨大なうどん玉が出現して入った人間に絡みつく。そのうどん玉には濃硫酸が練りこんであり、つかまった瞬間に身体を溶かされる。そして絡まれたひとは死ぬ。
 それだけじゃねえ、壁の前には無数の絞殺用うどんを手にしたうどタポたちがいる。つまり、壁を越えるどころか、近づいただけでまあ殺される。
 私は大坂峠の壁を、安全な場所から体育座りで見上げながら、壁の向こうから聴こえる阿波踊りのミュージックに耳を傾けていた。その陽気なリズムが私の脳みそに囁いている。
 徳島に行け。
 そんな思いはすぐにはらう。何度も言う。今が江戸時代なら、お国がひとつ違えば文化も何もかもが違くなるっていうんなら国境を越えることに意味はある。
 だけど、今は全世界がオンラインで繋がっている。
 この香川にいながら、私は世界の状況をすべて知ることができ、かつ世界のトッププレーヤーとも何度も戦えてる。
 だから、香川を出て徳島へ行くなんて、そんなのは愚かな考えだってすぐに私の理性は否定している。
 なのになんで毎日、大坂峠に通うのか?
 それはな。私も所詮弱っちい人間だなってことだな。越えもしない大坂峠を見て、夢に浸るぴえんなのだな。

 サキ、お前は私の同級生だった。そしてクソ弱いゲーマーだった。ドクターマリオのレベル5で詰まって死ぬやつを私はお前以外にみたことが無い。なのに威勢だけはよくて、ぜってえ弱えことを認めなかった。一生負け続けるやつの典型だ。強え私に金魚の糞のようにまとわりつく面倒臭いやつ。それがお前だった。
 そんなお前と私がなんでつるんでたかって。お前の顔がいいからだよ。正直お前の顔って橋本環奈に20倍界王拳かけたような超美形なんだよ。私はお前の顔見てるだけで幸せでたまらなかった。そしてなんでこんな超美人にこんなクソな性格を宿したか神を恨んだもんさ。

 ある日お前が高松駅前のトップボーイで行われたマリカーの大会で、アイテムボックスで全部イナズマが出たのにも関わらず小学生に4周差つけられて負けて、私に「もうゲームやめろや」って罵られたとき言ったよな「香川にいる限り私は一生ゲームが上手くなれない。環境が悪い」って。成功できないのを環境のせいにする。ああ負け続けるやつの典型だ。どこまで負け犬テンプレなんだお前ってつくづく思った。
 そこでお前は言った「姐さん、大坂峠を越えませんか?」って。
 サキとは同い年だが、なぜかお前は私のことを「姐さん」って呼んでたな。なんなんだよそのキャラメイク。まぁそれはいい。私は驚いた。「大坂峠」。お前みたいなクソ負け犬とこの私が同じ想いを持っていたなんてな。
 サキはべらべら喋る。私がゲームで勝てないのは1日1時間の制限がある香川だからだ。ここから離れれば私はめちゃくちゃゲームがうまくなれるんだ。
 ああ、クソテンプレなヤーツ。ありがとう。お前みたいなクソがいるせいで私は正気に戻れた。
 私は自分への戒めも込めて返した。
「ぜってえ嫌だ!!」

 サキ、あきっぽいお前のことだ。それは思いつきの発言ですぐに言わなくなると思ってた。
 でもお前はしつこく「大坂峠を越えましょう」って言ってきた。私はそのたびにサキに腹パンをした。でも、それが1週間続いたある日、私は折れた。少し話を聞いてやろうと思った。
 サキの計画はまぁまともだった。思ったよりはだが。
 だが、そんな計画に乗るわけには行かねえ。
 なんどでも言う。真実はこうだ。壁を越えることに意味はねえ。同じ世界はどこまででも続いていて徳島に行けばゲームが上手くなるなんてのはありえねえ。だけど私は、壁を越えたいという愚かな思いに取り憑かれ続けていたのも事実だ。
 だから私はお前のことをぶん殴ってやろうと思ってた。お前をぶん殴ると同時に、私の甘えも一緒に壊してしまおうと思ってた。だけどあの日のお前の目はマジだった。ただのチキンじゃねえって私は思った。そしてお前の顔は綺麗だから殴れねえ。可愛い。マジ可愛いんだ。だから私は頷いたんだ。
「越えよう」
 ってな。

 それから私はサキといっしょに徳島へ行く計画を固めていった。
 その毎日はとても楽しかった。正直楽しかった。人生で一番と言えてしまうくらいにな。
 私たちが主にやっていたことは、ありったけのすだちを集めることだ。
 濃硫酸うどん玉のセンサーだが、ひとつ穴がある。
 年に3日だけ行われる、徳島から香川へすだちを搬入する期間【すだち流品《るひん》】ときだけは、大量に徳島から運ばれてくるすだちをうどん玉に食われないように、すだちの匂いにはセンサーが反応しないようにプログラミングが切り替わってる。そこを狙う。
 私たちは毎日高松中のセイジョー石井やマイバスケットをまわり、すだちを集めた。

 決行日の夜中、私たちは大坂峠にそびえ立つ壁の中でもいちばん山あいの崖をよじ登っていた。崖の上にももちろん壁は続いているのだが、生い茂ったヤマモモの木々が壁より高く伸び、例え壁に登ろうとその姿を隠してくれる。うどタポもバカではないので、この山あいの壁付近には、濃硫酸のうどん玉のトラップに加えて、赤外線うどんセンサーが無数に張られている。つまり山あいの壁は実に難攻不落になっている。が、それこそがチャンスだ。絶対にあり得ないと思う心の隙間にこそ活路はある。
 私たちはすでに数百個ものすだちのしぼり汁を身体中に練りこんでいた。バックにも予備用の大量のすだちを詰めた。少しでも身体からすだちではない生き物の香りがした瞬間、私たちはうどんに包まれて死ぬ。

 私は崖をよじ登り、ロープを垂らした。サキはそれにつかまり、よじ登っていく。
 サキは腕力もねえから私が全部引き上げる。ほんとおめえは顔がいい以外なんもできねえな。 
 夜中だってのに阿波踊りの陽気なリズムが鳴り響いている。徳島はいつだってそんな場所だ。
 私たちの全身はすだちまみれだ。超柑橘系だ。濃硫酸うどん玉のセンサーはこれで作動しない。そしてうどタポが連れている犬の鼻も誤魔化すことができる。
 このすだちのにおいに塗れて。私たちは危険エリアへ侵入していく。多分もう本来ならばうどん玉の出現するゾーンのはずだが警報は鳴らない。やったぜ成功だ。心なしかサキが得意げだ。ムカつく。
 張りめぐらせられた赤外線うどんを慎重にひとつひとつ越えていく。少し歩くごとにリュックに詰めたすだちを握りつぶしていきながら。

 とうとう私たちは壁によじ登った。 
 壁によじ登った私たちの目に入ったのは、ヤマモモの木々の隙間から広がる大地と海の景色だった。
 真っ暗ながらも海に見える、漁船のぽつぽつとした灯りは幻想的だった。
 そしてこっから見ると香川も徳島もあまり変わらねえ。だから、このまま徳島に行っても私は何も変わらねえのかもしれねえ。それは、私の仮説通りだ。だけど絶対何かが変わりそうだ。私はそんな予感に胸を高めていた。
「綺麗だね姐さん」
 そんなサキのことばの緊張感のなさに普段の私なら怒るんだが、今日に限っては私も同じことを思ってたから何も言えねえ。
 私はサキに手を差し出した。素直にお礼が言える。ありがとう。お前のおかげで私は次のステージに行ける。サキと私の手がぎゅっと結ばれた。

 そのとき警報が鳴った。ライトがついて闇夜をグルグルと照らし出す。そしてうどタポたちがわらわらと行き交っている。
 なんでバレた?なんで?
 サキが握りしめていたものに目がいった。
「なぁサキ、それはすだちじゃねえ。かぼすだ」
 徳島とは違う大分の匂いが少し混じっただけでセンサーは作動しちまった。
 私はありったけのすだちをしぼりきでしぼり、汁を身体にかけた。サキも真似してそれをやる。警報が止まった。地面からうどん玉も飛び出さない。よかった。
 だが、全く一安心とはいかない。
 うどタポの足音が聞こえる。とうとう私の身体をライトが捉えた。
「姐さん!!」
 サキが叫ぶ。目の前を捕獲用の、オクラを練りこんだねばねばうどんが舞っている。それを避けていると、とうとう「うどんマシンガン」をうどタポたちが撃ち込みはじめた。
 ああ、やつらマジの本気で私を殺すつもりなんだなってわかった。
「痛っ!!」
 うどんマシンガンのうどん玉が私の右腕を掠めた。血がバッて出る。痛い痛すぎる。
 サキはマジテンパって「姐さん!!姐さん!!」って叫んでる。私はサキに近づき、そっと耳打ちした。
「早く壁を降りろ。お前の姿は捕獲されてない」
 そう、ライトを浴びているのは私の姿だけだ。小柄なサキの身体はヤマモモの木々に隠れライトが当たっていない。
「いやです姐さん」
「いやじゃねえんだよ。戻るんだよ」
「いやです。私はずっと姐さんといっしょじゃないと!!」
「はあ?さっさと行け足手まといなんだよ」
 私はサキに口づけをした。腕が痛くて右手で塞げなくてこうするしかなかったっていうのもあり、まぁ一度こいつのくちびるにキスしてみたかったってのもある。
 とにかく私はキスをした。サキの動きが止まった瞬間に彼女の身体を左手で押した。硬直時に技を仕掛けるのは格ゲーの基本だ。彼女の身体は壁から落ちて香川側の林をゴロゴロ転がっていく。
「姐さーーーーーん」って悲鳴がずっと聞こえてた。
「さよなら香川県民ども、よろしく徳島県民ども私は世界一のゲーマーだ!!覚えておけ」
 私は境の壁を走った。爽快だ。
 ここは香川でも徳島でもねえ。ギリギリのボーダーを私は走っている。
 このスリルは魔界村でパンツ一丁縛りをしているときでも味わえねえ。
 大量のうどんマシンガンのうどん玉が殺到する。
 私は壁のいちばん見晴らしがよいところまで走った。そして徳島側に飛び降りた。
 よかった。最後に私は壁をこえることができた。
 ああ阿波踊り。これが私の人生最後に聞く音か。
 まぁ、悪くねえな。
 そう思いながら私は意識を失った……。

 で、だ。ここからが本題だ。
 サキ、知っているか?いや、知ってるはずだ。この前のパワプロの全国オンライン大会。ロッテを使って初芝のサヨナラホームランで優勝した「SYK」っていうプレイヤーがいたことを。
 世界はどこも同じっていうの、あれは私の間違いだった。いや、正確には世界はどこも同じなんだけど壁を越えたり混じったりすることで突如色々な世界が現れる。それがわかった。
 人は壁を越えることで変わるんだ。
 徳島はおかしなところだ。まさか壁の下が金時豆のプールになってると思わなかった。そのふっくら柔らかとした感触のお陰で私は命を取り留めたんだ。
 あ、すんげえ取り留めなくなったが、私がいいたいことはこれだ。サキ、お前も壁を越えて徳島に来い。
 ここならお前も少しは上手くなれるかもしれねえし、私が手取り足取り阿波踊りを教えてやるからな。

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