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魯と斉の対立の始まり

 春秋時代、東西に分裂した周が東に遷都した平王によって継承されると、時代の中心は歴史書『春秋』に描かれる世界、すなわち黄河中下流域諸国を中心とした新しい地域へと移行する。
 魯は、周王朝創建の功労者である周公旦、その息子の伯禽によって建国された侯国である。この国は、東周初期の混乱の中で、黄河と淮水に挟まれた泗水と呼ばれる河川流域の中心的な存在として栄えた。
 この魯にとって最強の仮想敵国は山東の斉であった。後の紀元前256年、楚によって滅ぼされるまで、魯は斉との関係を通じてその歴史を展開していく。
 魯と斉との関係の破綻は、魯の桓公(斉の桓公とは別人)が斉が仕掛けた刺客によって暗殺されたことに端を発する。主君を暗殺されて憤激する魯に対し、斉は自身の公子に責任を被せて処刑したことで、この事件そのものは解決したかに思えた。だが、これ以降、春秋戦国時代を通じて魯は斉と対立していくことになる。

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