第12回 雇用調整助成金の意義とその問題点

1. 膨張する雇用調整助成金
 未だコロナ禍の影響が続く中、多くの企業がぎりぎりの経営を続けているものと思われる。中小企業だけではなく、大企業においても雇用調整助成金により何とか労働者の解雇を免れているというところは相当数に及ぶのではないだろうか。2020年9月11日現在で、コロナ禍の影響による雇用調整助成金の支給決定件数は累計100万件を超えた。支給申請件数も、少なくとも9月初旬までは右肩上がりで増えており、明確な減少傾向に転じるにはもう少し時間を要するものと思われる。リーマンショックや東日本大震災の時にも同助成金の対象数は急激に増加しているが、ピーク時の平成2009年度においても支給決定件数は年間79万件程度(支給額約6,500億円)であり、わずか5か月間で100万件を超えるという数は凄まじいものであるといえよう。また、一人1日当たりの上限額についても、東日本大震災の時は一人1日当たり7,505円であったものが、この度は15,000円と約2倍に引き上げられており、この点も異例なことである。
 現在、雇用調整助成金の特例措置は引き延ばされ、令和2年12月末までとされているところ、はたして更なる延長が可能であるのかについては不安が残る。

2.コロナ特例雇用調整助成金の特徴
 雇用調整助成金という制度については、大きな経済変動が起きない限り、世間の関心を引くことは少ない。同制度は雇用保険法に明記されている(第62条第1項第一号)ものの、法律の条文自体には「雇用調整助成金」という名称は出てこず、その名は雇用保険法施行規則第102条の2以下に明記されているに過ぎない。
 雇用調整助成金を受給できる事業主の要件については、従来、生産量要件と雇用量要件などが定められていたが、この度のコロナ特例においては、生産量要件は緩和され(最近3か月平均が前年同期より10%以上の減少とされていたものが、最近1か月が前年同期より5%以上の減少とされた)、雇用量要件については、少なくとも申請の要件としては明記されていない。また、これまで対象となる事業主の要件として明記されていた、休業等が「労使間の協定によるもの」で「休業について、休業手当の支払いが労働基準法第26条に違反していないこと」という条件についても、後段部分の記載は見当たらない。
 緊急的な対応を必要とするこの度コロナ禍において、雇用調整助成金を利用しやすく、また手厚い給付を実現したことは評価に値するものの、急ごしらえされた特例措置は、そもそも分かりにくかった同制度の性格を、一層分かりにくくしたとの印象は否めない。

3.雇用調整助成金のいう「休業手当」の意味
  第1に、雇用調整助成金の支給要件においては、労使間の協定に基づき休業を実施し、休業手当を支払っていることとされているが、そこでいう「休業手当」とはいかなるものをいうのかがはっきりしない。労基法第26条は「使用者の責に帰すべき事由による休業」をする場合において、使用者は給与の60%以上の手当てを支払うべきと定め、同手当について「休業手当」と呼称している。したがって、同手当のことを指すと考えることが素直な解釈であろうが、この度のコロナ禍によって生じている事態について「使用者の責」の範囲であると考えることはあまりに無理があるのではないかと思われる。ご承知のとおり、「使用者の責」の範囲については、原材料の入荷が滞るなど、事業主にとっては不可抗力としかいえないような事態についても、その範囲に含まれるという解釈が一般化しているものの、この度のように、すべての国民に給付金を配るという事態に至っているようなケースまで含むと考えるべきではなかろう。今後、同規定の解釈の前例となることを避ける意味でも、無理な解釈がなされるべきではない。
 また、もし雇用調整助成金が、労基法第26条に則って支払われる手当を補填するものであると解釈すると、その支給要件とされている労使間の協定とは何であるのかが不明となる不都合も生じる。労基法に定められている同条項は、強行規定であり、労使間の協定などを根拠として支払いを求められるものではない。先に述べた通り、この度のコロナ特例においては第26条に言及する要件は明記されていないが、そのまま「休業支援金」とでも名付けて、使用者責任とは関係のない失業対策であると位置づけるべきであろう。

4.大企業と中小企業とで助成率に差を設けることの不合理さ
 第2に、東日本大震災の時も同じであったが、大企業と中小企業とでは支給される助成金の率が3分の2と4分の3(特例前は、大企業が2分の1、中小企業が3分の2)とされている理由が理解できない。この点、大企業は相対的に余裕があるはずとの推定と賃金額も高いと見込まれるため、助成金の額を制限しているという理由が述べられるかもしれない。しかしながら、同一の保険制度の下にありながら、企業規模の違いをもって助成率の違いに結び付けることに論拠があるとは思われず、また15、000円という上限額を決めている以上、そうした差異を設ける必要性があるとも思えない。
 保険制度が信頼を得るためには、被保険者に対して平等な取り扱いがなされていることが必須であり、大企業であるから不利益も容認すべきという感情論は、制度への信頼を損なうリスクを含むものであろう。例えば、近年大企業がその利益を労働者に分配することなく、内部留保として溜め込むことが問題視されることがあるが、大企業に対する助成率が低いという事実は、万が一の事態に備えるために内部留保を増やさざるを得ないという理由を正当化することになるであろう。


5、緊急雇用安定助成金の意義とその性格
 第3に、この度の雇用調整助成金は、被保険者ではない学生等に対しても「緊急雇用安定助成金」の名のもとに支給対象に含めることとしたが、そもそも、これまで支給対象者を被保険者期間6か月以上の資格を持つ者に限定していた理由が不明である。雇用保険の事業主負担については、現在、失業等給付充当分(一般事業の場合:3/1000)と雇用保険二事業充当分(同:3/1000)に二分されており、雇用調整助成金は後者の事業の1つであると位置づけられている。前者については、労働者と同じ率の保険料であり、失業等給付に充当されるものである以上、要件となる保険加入期間等について厳格な取り扱いが必要であろうが、後者については失業等給付の削減を目指すとの目的のもと、保険加入の有無などは問題とされていない事業も多い。事業主に対する現金による助成制度であるとともに、不正件数も少なからずあったことから、要件を厳しくしている可能性があるかもしれないが、短期間で転職を繰り返す非正規雇用労働者も多くなっている実情に鑑みると、より柔軟に運用されてもよいように思われる。従来の取り扱いとのバランスを考慮して、被保険者でない者への助成については別称を用いて特別な制度であると構成しているのであろうが、むしろ従来の要件の方を見直すべきではないかと考える。

6.雇用調整助成金の原資とその限界
 雇用調整助成金制度を用いて失業予防をすることに意義があることについては、議論の余地はない。コロナ禍において、雇用調整助成金制度がなければ労働者の解雇者数は大幅に増加し、失業等給付により保険支出が大きくなることは間違いないからである。もっとも、雇用調整助成金の原資として予定されている雇用安定資金の残高は、令和元年当初予算において1兆4千億円程度しかなかったものであり、同資金は現段階でほぼ枯渇しているのではないかと思われる。そうであるとすると、失業等給付に係る積立金を取り崩すしか方法はないことから、結局失業した後に失業等給付としてもらうべき資金を「休業手当」という形で食いつぶしていることになる。もちろん、保険制度であるが故、資金調達の帳尻合わせは事後でも可能という側面はあるが、2017年4月に引き下げられたばかりの保険料率は、おそらく再び引き上げられることにならざるを得ないであろう。経済が停滞して失業が増えると、賃金水準は低下するにもかかわらず保険料率は引き上げられるという苦しい状況になる。保険財源の舵取りは誠に難しく、短期的な視座で運営してはならないという典型例といえるであろう。

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