第17回 同一労働同一賃金の原則への対応(2) -不合理な格差であるか否かの見極め方-

1.同一労働同一賃金の推進は現状を打開するか
 最高裁判決は出されたものの、同一の処遇にすべき「同一労働」とは、どこまで一致していることを求めるものであるのかは、未だ不透明な部分が残る。これまでの裁判例によって、4つの要素を考慮して判断するという枠組みは定着してきたといえるものの、それらの要素はどのように評価され、何をもって決定づけられるのかが明確になったわけではない。例えば、4要素のうち、2つは同一性があると認定し得るも、残り2つの要素についてみると明らかに異なると判断される場合はどうなるのか。この点、雇用の形態や業務内容の多様性に鑑みると、一刀両断にて判断できる方法があるとは思えないものの、事例判決の積み重ねを待つしかないとすると、少なくともしばらくの間、法順守への緊張感が緩んでしまうように思われる。非正規雇用労働者の業務内容等について多くの実態を知っているというわけではないが、労災申請例でみる限り、業務自体は正規雇用労働者と全く同じであるものの、責任に違いがあるといった場合や、配置換えはあるものの転勤はないといった立場にある非正規雇用労働者の例は多いように感じられる。一般的には、職務内容等を深く比較検証することなく、それらの違いをもって「同一労働」ではないと考えてしまうケースが多くなってしまうのではないかと危惧される。

2. 4要素考慮の意義と限界
 これまで「4要素」という表現をしてきたが、同一労働同一賃金ガイドライン(以下「ガイドライン」という)においては、「職務内容(業務内容と責任の程度)」、「職務内容と配置の変更の範囲」及び「その他の事情」を考慮して判断されするものと解説されており、3要素と言い換えることもできる。いずれにしても、仮に職務内容が同じであっても、単純に同一労働であるとみなされるものでないことははっきりした。日本の場合、欧州のいくつかの国に見られる「同一価値労働」という考え方は採っておらず、またアメリカの差別禁止立法において議論される「業務の本質的な機能」という視点もないことから、職務の内容自体を捉えて同一性を論じる指標がない。この点、メトロコマース事件の最高裁判決において補足意見を述べた林景一裁判官が、「職務の内容が実質的に異ならないような場合」との表現を用いているが、日本の場合、職務内容を限定して労働者を雇用するという習慣はないため、そもそも実質的に異なるか否かの判断が難しいのである。例えば、デスクワークや接客であれば、通常は同じ仕事をしているようで、何らかの事態が生じると正規雇用労働者が対応することとなっている場合や、時間外・休日労働の有無、出張の有無などにおいて両者には差があるといった場合は少なくない。これらの事実をもって、職務内容や責任の度合いが異なるとまでは言い難く、一方、「職務内容は実質的に異ならない」と言い切ることもできないものであろう。「同一労働」であるか否かの判断は、4要素をもってしても容易なものではないのである。

3.ガイドラインが掲げる「同一」の判断の難しさ
 一方、ガイドラインには、「実態に違いがなければ同一の」(基本給)、「同一の能力向上には同一の」(昇給)、「同一内容の役職には同一の」(役職手当)、「同一の貢献には同一の」(賞与)、同一の職務内容であれば同一の」(教育訓練)など、「同一」という言葉が何ら躊躇することなく踊っている。ところが、実際には、「基本給の趣旨・性格に照らして、実態に違いがないか否かはどう判断するのか」、「期間雇用者に対しても、同じ人事考課制度を適用して昇給のための能力評価をしてよいのか」、「同一内容の役職とは、責任も同一という意味を含むのか」、「同一の貢献であるか否かは、立場に関わりなく等しく適用される人事考課制度等をもって判断せよという意味か」、「現在の仕事に必要な訓練ならば、管理職になった場合を想定して行うものであっても、短期雇用労働者にも行うべきということになるのか」など、「同一であるかどうか」もしくは「違いに応じた」ということを判断する観点自体を見極めることが難しいものなのである。

4.各種手当についての取り扱い
 では、同一であるか否かを見極めることが難しいとすれば、いかなる視点を持てばよいのであろうか。まず、ガイドラインの表現を見れば分かるとおり、同一性に係る表現に何らの条件も付いていない役職手当以外の各種手当や教育訓練以外の福利厚生については、基本的には正規雇用労働者と非正規雇用労働者の間に差異を設けてはならない。ガイドラインに示されていない手当として、住宅手当については、ハマキョウレックス事件や長澤運輸事件の各最高裁判決において、その支給を正社員に限定することを不合理ではないとしているが、留意すべきは、前者においては正社員にのみ転勤の可能性があることが理由とされており、また、長澤運輸事件における家族手当については、同事件の原告は定年退職後の再雇用者であり、老齢厚生年金を受給することも理由に掲げられているものであり、一般的に非正規雇用労働者に支払う必要がないと明言しているわけではない。これらの手当については、就業規則等においてその趣旨をどのようなものと記載しているかが重要な判断要素となるものであり、正規雇用労働者のみを対象とするものであるなら、その目的・趣旨について説得的な理由を示しておく必要がある。

5.基本給・賞与等は「不合理な格差」であるかを検討すべき
 次に、同一であるか否かの判断を求める上記の基本給、昇給・賞与、教育訓練等については、どのように考えるべきか。おそらく、この問題への解説や攻略本(?)では、4要素を斟酌して、できるだけ差異を設けないか、もしくは両者の職務内容や責任の範囲などを明確にしておくべきといったことが書かれているのではないかと思われる。しかし、現実には、すでに雇用している非正規雇用労働者について、その職務内容・責任、及び配置転換の可能性等を正規職員と比較して同一であるか否かを思索することには、先に述べたような先入観もありかなり難しいのではないかと思われる。
この問題を検討しておくべき意義は、いうまでもなく非正規雇用労働者からの申立て(提訴を含む)に対処するためであるが、法律判断に至る事実認定に際しては、心証によって得られた結論をもとに、事実を構成ないしは論理づけることになりやすく、行き過ぎた格差であるとの心証を持つと「職務内容等の同一性」を強調して「不合理な取り扱い」との判断を導きやすい。逆に言えば、、適正な差異であると感じられれば、同一性を否定し「不合理とまでは言えない」といった判断に至りやすいものである。こうしたことを念頭に置くと、職務内容が実質的に異ならないか否かを考えるよりも、正規雇用労働者と非正規雇用労働者には差があることを前提として、その待遇差が適正な範囲にあるか否かを検討する方が効率的であるように思われる。つまり、同じ職種に従事している限り、同一の労働であるとみて、各種労働条件の格差について、それが正規雇用労働者であるか非正規雇用労働者であるかの差として適正な範囲に収まっているかを検討するという方法である。

6.「同一労働同一賃金の原則」がもたらす各種の矛盾
 同一労働同一賃金の原則は、法の枠組みが示され、またいくつかの最高裁判決が出されたことにより、順調に滑り出したように思われるが、実際には問題は山積しているといえる。例えば、①非正規雇用労働者に対する賞与や退職金の支払いに係る判断は示されたものの、これまでの裁判例の解釈・判断においては、いずれにも後払いの賃金的な性格があることは否定されておらず、なぜ、非正規雇用労働者にそれらを全く支給しないことが適法であるといえるのか、②同一労働同一賃金は、派遣労働者の場合、本人受け取り額が正規雇用労働者と同一であることを求められるのか、事業主負担分が同一であればよいのか、さらには、同一賃金の原則は相応の力量を付けた外国人技能実習生等にも適用されるのか、③正規雇用労働者と非正規雇用労働者の平等が図られようとしている現在、キャリアとノンキャリといった正規雇用労働者同士において能力評価に関係なく昇進等に差が設けられている現実はどのように受け止めればよいのかなど、疑問は尽きない。
 労働保険審査会の会長をしていた時、非正規雇用の立場にあった10名ほどの女性職員の能力が極めて高く、幹部職員に対して、正規職員(キャリア官僚も含む)と総入れ替えをしたいと冗談めいた話をしていたが、気持ちは本気であった。本質的な問題は、能力主義が徹底されず、最初の機会やめぐり合わせで運命が決まってしまう雇用の硬直性にあり、仮に「同一労働同一賃金の原則」が徹底されても、非正規雇用労働者の地位の安定が保障されるものではなく、また、能力主義が徹底されない以上、労働生産性の向上も望めないものであろう。

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