『ここだよ』

 2月になった。え? もう2月? というぐらい1月は素早く過ぎ去った。皮膚科にいったのは、首がひどくかゆかったためだ。
「タートルが着れないんです」
 皮膚科の先生にいうと、ちょっとみせてね。先生がわたしの赤くなっている首をみて、あーあまあかゆそうね。いまそういったひと多いのよ。ちょっと強めの薬出しておくね。
「はい」
 診察時間はたったの三分。お会計は1007円。っておい! そして薬代は480円。って安っ。ドラックストアで買っても診察をし薬をもらってもだいたい同じ額になるようになっているのだろう。なんとなく損をしたような得をしたような曖昧な気持ちになりながら皮膚科に隣接している大型スーパーに入る。お昼どきだったので、腹が減っていた。
 なんでなにもしていないのに、息をしているだけなのにお腹が空くんだろうくそっ。とおもいながら、カレーうどんでも食べようと箸がカレーうどんをすくっていて宙に浮いているサンプルを眺めているとカバンの中にあるスマホがブルっと震え、みると修一さんからだった。
『会えるかな』
 またスクショをする。そしてうん会えるよと打ち返す。一方的にラリーが早い。以前はメールがきてもいや待て待てまだ早いぞという変な意地があり1時間後くらいに返信を返していたけれど、いまは違う。そういった類の駆け引きをやめたのだ。くだらない。駆け引きなどをする間柄ではなくなっている。好きだけどもう以前のような情熱的な、悲壮的な、官能的な感情はない。
『じゃあ、現場で待ってる』
 20分後くらいに返信がきて
『うん』
 わたしは2秒で返した。一方的なラリー。わたしはふふと笑う。
 修一さんの現場がたまたま同じ街になりたまたまその前にさびれたホテルがありたまに現場を抜けてあっている。
『ついたよ』
 現場の前にパチンコ屋さんがあり、そこから現場がみえる場所にとめて修一さんを探した。あ、いたいた。『ここだよ』
 ヘルメットを被りだれかと喋っている。そしてトイレに入り、歩いてわたしの車のほうに歩いてくる。目があい、ホテルのほうを指差して入るぞという合図をする。待ってー。わたしはそう口ぱくをし車からでる。ホテルの裏側で待っている修一さんをみつけ、現場大丈夫なの? と訊いてみると、大丈夫だからいまでてきたんだけどねといい笑う。まあそうだね。わたしもまた笑う。
 ほんとうにさびれたホテルでまず暖房がついてなく部屋が拷問かと突っ込みたくなるように寒い。
「現場事務所のほうが暖かいぞ」
 修一さんはそういいながらちゃっかりシャワーを浴びにいってしまう。
 待っても待っても部屋の暖房は熱い熱気を吐きだしてはくれなかった。
「寒っつ」
 シャワーからでてきた修一さんはさっさと布団の中に潜りこむ。
「湯溜めてきたから入ってこいよ」
「うん」
 バスタオルと歯ブラシがだしてある。修一さんはいつもわたしのぶんの歯ブラシをだしバスタオルも出しておいてくれる。湯を溜めておいてくれたのはいいが、おいおいちゃんと温度を確かめてよといいたくなるほど湯が源泉並みに熱かった。
「野沢温泉だった」
 湯から上がり裸で布団にもぐる。そしていった。
「なにが?」
「だから湯が」
 なにいってんだ? そんな顔をし、え? と声をあげる。部屋はまだ寒いままだ。お風呂場がガラス張りで丸見えだった。気がつかなかった。昭和を彷彿させるホテル。
「湯ぅ?」
「うん。湯」
 だからさ、熱かったっていう意味だよと説明をする。野沢温泉の風呂は源泉で熱いんだよとつけ足して。へーそうなんだ。俺いったことないしなという。
「いいところだよ。すごく。温泉まんじゅうがおいしかったよ」
「寒いだろうなぁ。いま時期。てゆうかスキー場あるしな」
 なんねんか前にいったことがあった。スキーだったかスノボーだったか。だれといったのかも曖昧な記憶だ。けれど温泉だけは熱かったことだけははっきりと記憶をしている。
「金沢もよかったよね」
 修一さんと一緒に旅行にいったことをおもいだし口にする。けれど、彼はおもいだしたくないというふうに口と心を急に閉ざしてしまった。
 過去は過去。
 過去のことはもうどうでもいい。けれどわたしにとっては大事な過去なのだ。
 部屋はまだ温まってはいない。壊れているのかもしれない。
 布団の中で寒いからといいあい抱き合う。
 なん度も触れ合っている肌。わたしはいつも考えている。いったいいつまでこうしていられるのだろうか。と。
 行為の最中なん度も電話が鳴っていた。修一さんの電話だ。
「電話大丈夫?」
 気になり訊いてみると、ああ、ちょっと電話するわといい冷たいソファーに腰掛ける。
「はい。えー。まあ、ああ、うん。じゃあ。はいはい」
 部屋はいつの間にか暖かくなっていた。やっと。という単語以外でない。修一さんがベッドに戻ってきて、大変だといいやや大げさに眉根を潜める。どうしたの?
「ここにいることバレてるみたい」
「え?」
 現場にいる水道屋が入っていくところを目撃したという。監督。いま話題のひとになってますよーと。ふさげた語尾で話す。
「まあいいけどさ」
「え? いいの?」
 いいの。悪いことしてないしさ。と悪いことをしているくせに平然といってのける。
 悪いことでしょ。だってわたし奥さんじゃないし。これっていわゆる不倫だよ。あなたの中では不倫ではないのかもだけど側からみたらもう立派な不倫です。
「いいんだぁ?」
 ニタニタと笑いわたしは修一さんの唇を吸う。そしてじょじょに舌を這わせ屹立を音を立ててまた舐めた。ううっ、やや控えめな声が暖房の音に紛れて消えてなくなってゆく。わたしは蛇にでもなった気分だった。 

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