シーツ

 しゅうちゃんに時折にあいたくなる。だから時折気まぐれにメールをする。
【涼しくなってきたね】とか【おげんき】とか【どうかな?】とか。どうかな? どうかな。なにがどうかな?なのかなのかなんて意思の疎通がない人間関係ならば絶対にわからない。
【どうかな?】
 返事になど一切期待をしていなかったけれど今日は『時折にあいたくなる』日。だったようでついメールを打った。3分くらい経ったときスマホが身震いをした。しゅうちゃんからじゃない。多分ダイレクトメールだろうとスマホに目を落とすとしゅうちゃんからだったのでつい、あっ、と声をあげた。
【いまどこ】
 会社からだったので会社だよと返信を返すとわかった何時に終わるのと重ねてきたのでもう終わるううんいや終わらせるよ。と口で喋るくらいの速さでメールを打ち返す。
【隣のコンビニにいる】
 返事を返さずに急いで帰り支度をしタイムカードを押してエレベーターに乗り込む。おもてに出るともう夜は降りていて遠くの空が少しだけ幻想的に橙色がまじっていた。薄手のカーディガンを着てちょうどいい温度だ。秋の気配のする中、コンビニに停まっているしゅうちゃんの車を見つけ助手席のドアをコンコンと叩く。お、という顔を寄越し乗ってという口の形を確認しドアを開ける。
「急にごめんなさい」
 いつも早寝のしゅうちゃんはひどく眠たそうにいいよと首を横にふる。ちょうど帰るところだったんだとつけ足して。そうなんだ。現場遠いの? しゅうちゃんは現場監督なので持ち場がほうぼうにある。遠い。朝早いよ。そっか、大変だ。それ以上話しは続かなかった。
 あたしとしゅうちゃんはもういろいろと割り切っている。好きとか嫌いとか。愛とか情とか。奥さんとか不倫とか。体裁とか諦観とか。
 だたの男と女なのだ。あっているだけはつとめて、いやいやもうつとめてもなくあてもなくただお互いの身体を無我夢中で貪る。
「脱げよ」
 部屋に入ってもうこの台詞であたしは嬉しくなる。いいのだ。これで。脱ぐしかないのだし脱ぐためにあうだけだ。先もなにも望んでいないし都合のいい女とかそうゆうことももうどうでもいい。
 曖昧に愛撫をしそれでもたくさんキスをする。繋がっているときよりも向かい合って唇を重ねている方がいい。好きが溢れてきてどうかなってしまいそうになり結局どうかなっていつも最後の方は泣いてしまう。シクシクと細かい雨のように。それでも泣いていることを悟られることもあってそのときのしゅうちゃんの態度はまことにめんどくさそうこの上なくて見てみないふりをきめる。しゅうちゃんはあたしの涙に何度も溺れかけている。もう溺れるのは嫌だ。しゅうちゃんはいつかそういった。女の涙ほどずるいものはないだろ? と。そうね。泣かないようにするわ。そんなことむずかしくてできそうにもないのに約束を交わしたけれどいつも約束を反故するのでやれやれそんな顔でしゅうちゃんは顔をしかめる。あたしはしゅうちゃんが殺したいほど好きだし心の中では何度も殺している。現実なら無期懲役だ。
「あ、シーツに血がついてる。お前せいりだった?」
 薄暗い部屋を明るくし糊のきいた真っ白いシーツを見るとところどころに血がついていた。実際生理の終わりがけだった。
「だった」
 だったからだったと過去形でこたえた。全く気がつかなかった。しゅうちゃんはボソッという。背中を向けるかたちで座っているしゅうちゃんの背中は規則だだしく背骨が並んでいるし程よい筋肉が綺麗についている。逞しくて綺麗な肉体。
「だったのか……」
 あたしはゆっくりまばたきをししゅうちゃんの後ろから裸で抱きつく。温かい背中の中でまた涙腺が緩む。この人はあたしをこんなにも弱虫にする。泣き虫に。する。頼りない迷子になった子どもじみたあたしにする。
「しゅうちゃん」
 名前を呼んでみる。ん? アイコスは連続で吸えないから待っている。ひどくおとなしく。
「眠テー」
 時計を見るとまだ20時を少しだけ過ぎたところだった。行くか。しゅうちゃんはあたしから脱出し作業着を着出す。
 自動精算機なので出入り口の方に財布を持って向かう。『待って。まだ、帰りたくない。待ってねえ。しゅうちゃん。あたしまだなにも話してないよ。今度はいつ会えるの』
「時間経つの早いね」
 戻ってきたしゅうちゃんに声をかける。
「そうだな。明日も早いしな」
「何時に出るの?」
 部屋から出て車の中で他愛ない話し。
「朝の4時半。もう今時期は真っ暗だよ」
 ふーん。車窓から流れる景色は見慣れているけれどしゅうちゃんとのそれはいつも新鮮でいて前の車のテールランプのいちいちにあたしはゆっくりと瞼を下ろす。なぜ、しゅうちゃんはこんなにあたしを乙女にしあたしを苦しめあたしを泣かせあたしの中に入っているのだろう。5年と8ヶ月。その長いような短いような月日の中で小学校3年だったしゅうちゃんの息子のユウマくんは今中学3年で受験生だ。
 あたしたちはたくさん知り過ぎてしまったしあるいは年をとったのかもしれない。
「あ、ごめんなさい。会社の駐車場に車が停めてあるの」
 あたしのアパートの前まで来てしまったしゅうちゃんに謝る。早くいえよって感じだよねといいながら笑う。いいよ。別に。だってついでだもん。あ、そっか。会社からついでに来たので会社の駐車場にはあたしの車だけしか停まってはおらずそれはまるで孤独なあたし自身を想像させ車に乗り込んだせつな、急に涙がどっと溢れてきておどろいてしまった。
 しゅうちゃんの車の中にいるあたしのカーディガンのことをあとで思い出し、あくる日。しゅうちゃんはその存在に気がつき、チッと舌打ちをすることが目に見えるようわかる。

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