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12月3日 いち・に・さん

「また、土曜日出張だから……」
 土曜日。なおちゃんに『ヨルイクネ』と中国語じゃないけれどカタカナでメールをすると『今夜は飲み会で泊まり』そう返事が来てほとんど涙が出そうになった。
 と、泊まりって……。一体全体どうゆうことなの? 今までなおちゃんの週末など気にしたことなどはなくかといって気にされたこともなくて会いたいときに気ままに会っていたしいけば会えるとわかっているからそうゆう安心感もあってなおちゃんの行動のいちいちにこんなに気になったことに自分自身がびっくりした。
『どこで? また茨城いくの?』
 毎年この時期に本社の茨城県で泊まりの忘年会がありそれかなと思いつつまた重ねてメールをする。『ううん、違うよ、』とその後の続く文面にさらに涙が出そうになる。けれどどうしてもその理由を聞けずにメールのやりとりは終わった。はたして飲み会はなおちゃんの職場の市だったからだ。田舎にある会社なので泊まりで飲みの意味がちっとも飲み込めないでいた。あの、田舎に? 泊まりで? まじで? 誰にでもなくつぶやきがもれる。
 訊けばいいじゃん。なにも遠慮などないし。けれど、どうしても訊けなかった。訊けば教えてくれるのはわかっている。けれど。訊けなかった。いくじなしなあたし。
 サラリーマンのなおちゃんにとっての貴重な土日。休みはほとんどなにかしらの用事があって夜しかうちにいない。
 日曜日の昼に帰宅をするからとメールが来て、じゃあその頃にいくと打ち返しだから会いにいった。
「あ、ちょうど俺も今帰ってきた分だった」
 そんな気がした。午後2時。おもては12月になったというのにいやに小春日和で温かい。けれど部屋の中はひんやりとしていた。暖房をつけたぶんだったようで古い暖房がブーンブーンと何かの虫のようにうなっているように聞こえる。
「……、あ、そっか」
 あ、これ買ってきた、といいコンビニで買ってきた缶チュウハイをテーブルに置きながら隣にすわる。まだこたつを出していなくて床がアイスノンのように冷たい。
「たくさん、飲んだの?」
 多分二日酔いだろうなおちゃんに訊いてみる。けれどその手にはまた缶ビールが握られている。
「うん。飲んだ、飲んだ。だってどうやってホテルに帰ったのかも全く憶えてないし朝も飯食えなかったし起きたらチエックアウトの時間だったから」
「そ、そんなに飲んだの!?」
 とてもおどろきを見せるけれどまあいつものことかとなんとなく誇張をしたリアクションをとった。
「まあ、接待だしね」
 どうやら接待をする方ではなくされる方だったらしく相手は人材派遣会社だったようだ。なおちゃんは課長なのでたまに接待をするしされる。
「キャバクラにはいったの?」
 いやいや、と首を横に頼りなくふり、それどころじゃなかったしね、と笑う。それどころじゃなかったらいっていたの? とはいえない。けれど多分いっていただろう。別にいいけれど。いや、あまり良くないか。あたしはふふふと笑う。
「会いたかったの」
 あたしはなおちゃんに抱きつく。なつかしくやわらかないつもの匂いが鼻腔をくすぐる。なおちゃんはあたしのきのこ頭をさするように撫でた。ゆっくり、ゆっくり。会ってるじゃんよ、と薄く笑いながら。
「うん」
 あたしはうなずく。どうしてこんなにもなおちゃんに固執してしまうのだろう。付き合って5年目だしもういい加減に馴れ合いにもなっているけれど好きという感情だけはまるで色褪せない。
「どの女も同じだよね。穴があってさ、顔があって。耳があって。目があって。大なり小なりの体の大きさもあるけれど、そんなの慣れちゃえばさ、どうってこともないし」
 どのタイミングでこんな話になったのか定かではないけれど急にそんなことを故意ではなくとも口にしたので
「え? じゃあ、なおちゃんはさ、女なら誰でもいいってことなの?」
 ちょっとだけ怒気を込めた口調で質問をしてみた。なおちゃんは否定も肯定もしないままじっとあたしの目を見つめていた。てゆうか目が泥酔だった。
 まあそうだよなぁ、と納得をするあたしもいる。最初は見た目だったりタイプだったりもするけれど最後は『なんとなく一緒にいる』そんなものかもしれない。
 まだ夕方で4時前だったけれど裸になって布団に入る。眠たいとなおちゃんがいうからあたしも洋服を脱いだ。なおちゃんはいつも裸で眠るから。
 来週も出張だから。とそのときに聞いた。また涙が出そうになった。じゃあ来週は会えないじゃんか。さみしさが押し寄せる。
「うん、わかったよ」
 蚊の鳴くような声をしぼり出した。裸で抱き合うのはなんて心地がいいのだろう。なおちゃんの横顔を眺めながらこの幸せを噛みしめる。横顔が綺麗だなといつも思う。もっと洒落たらモテモテになるのになぁ。優しいし。けれどその無防備な横顔を独占しているのはあたしだけだしなおちゃんの肌を独占しているのもあたしだ。
 隣から寝息がスースーと規則だだしく耳に届く。テレビが付けっ放しで挙げ句の果てに大音量だけれどあたしは動けない。瞼が重たいしなおちゃんの腕がちょうどあたしの背中に添えてあり重たくて動けない。

 意識が遠のいていく中であたしは一瞬眠りの海に落ちては浮き落ちては浮きを何度か繰り返す。起きたときあたしはハッとなった。もう終電がない時間だったから。
「ラーメン食う?」
「うん」
 あたしたちはなにせサッポロ一番の塩が好きだ。

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