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女子会

 土曜日はだいたいまいちゃんと一緒にモーニングにいく。ふつう、モーニングは11時までのところが多いけれどいつもいくところは、12時までやっており、だから昼食もかねてのモーニングだ。
 金曜日の夜、明日は女子会だねというと、うち、あまり喋ることないなぁ。今週は。といいながら苦笑いを浮かべる。というか夕食は一緒にとっているのでその日にあった出来事はほぼ話しているためこれといって話すことはない。
 それでも喫茶店で対峙をすると、なんやかんやと喋ることがある。たとえば
「物資が値上がりしていてね。すごいの。和瓦とかなんとかなんとかが特に高騰しててね。ウッドショックだよね」
「へー」
 まいちゃんは外装の会社にいるため、建築にたずさわっている。修一さんと同じ畑で働いているわけだ。いえないけれど。
「CADおぼえたら? きっと役に立つよ」
 CADはわたしも多少はできるからそういうと
「それよリもウェブデザイナーになりたいからなぁ〜。最近また勉強始めたんだよね」
「へー」
 ウェブデザイナーになりたい理由は在宅でもできるからだという。あまりひとと関わりたくないらしい。
「ユーキャンとかどうかなぁ〜。いろいろとあるんだよねー」
 アイスカフェラテを啜り、パンを齧っているまいちゃんの顔はシミもなく皺もなくたるみももちろんなくて母親なのにそのきれいさに見入ってしまう。わたしもそんな頃があった。
 べつにその頃に戻りたいとはおもわない。若さは平等にあるし老いも平等にある。
「それよりも、」
 声をそっとひそめたから、ん? という感じでまいちゃんのほうに顔を寄せる。なに? そしてその先をうながす。
「あのさ、あのカップルってどんな関係なのかとても気になるんだけれど……、」
 え? どれどれ? と小声で訊く。あそこだよと斜め前の男女に目を向ける。
 メガネをかけてその男女を確認する。
 女のほうは年頃は20代半ばだろうか。男のほうはあきらかに50歳を過ぎているおじさんで趣味の悪いチエックのネルシャツに紺色のチノパン。致命的なのは禿げているのだ。
 女のほうは黒髪のロングで服装はロリータ系。色白でぽちゃりしている。
「……、あれはさ、なかよしとかリボンじゃないね。なんだろう? フランス書院?」
 クスクスと笑いながらまいちゃんが本のジャンルに例える。
「いやいや、アウトロー文庫でしょ? あれは」
 わたしもクスクスと笑う。こうなると、もう妄想が止まらない。まいちゃんはクスクスではなくゲラゲラと笑いだし、お腹が痛いとさらに笑う。
 うちね、カップルとかみるとね、どんな関係なんだろなぁあのふたりってすぐに考えちゃうんだ。この前なんで真面目そうな制服の女の子と金髪の男の子がね手をつないで走ってたの。もうさ、とここまで一気に喋り、グラスのまわりにたくさんの水滴がついているアイスカフェラテをすする。
「もうさ、これはリボンだった」
 ふふふ。思いだしたようでまた笑う。
「リボンだね」
 わたしも同意してパンを齧った。
 いろいろなひとがいて皆違う人生を送っている。どのジャンルにもあるような世界観の中にいていつもドラマあるいは小説の世界が転がっている。わたしもまいちゃんもその中の主人公なのだ。
 母親と娘。わたしはまいちゃんにわたし自身のことは全く話てはいない。修一さんのことだってそういった男関係のことについて。
 わたしたちは友達ではないのだ。

 お昼すぎに修一さんにあい、あいたかったよといい抱きつく。ほんとうにあいたかったのだ。どうしてこんなにもあいたいのかわからなかったけれど、抱かれて彼が最後に果てるとき、ああこれだと気がつく。
 わたしのために息を切らし必死になり性を吐き出させ徐々に殺していくのが快感なのだ。快感? その感情の名前がおもいつかない。けれど、果てたとき、なんともいえない幸福感に満ち溢れてしまうのだ。
「ねぇ、他の誰かとしてないよね?」
 呼吸が整ってきたときそう質問をすると、わたしのほうに顔を向け、また天井に目を戻したあと、呆れた声でこういった。
「これが、目一杯です。無理」
 指と指が触れ合っている。わたしはひどく満足だった。奥さんはもうどうでもいい。もしわたしのほかにわたしのような存在がいたのならそれがいちばん怖いし嫌なのだ。
 もう誰かのものだとわかっているからあっている。誰かに取られているから。わたしはだからいつもそうした関係性を求める。裏の女の世界を好む。そのほうが楽だからだ。奥さんはなにも知らない。あなたの旦那、すごくいいんですよ。もう体がね。こう、夢中なんですよ。あなたは彼のそばにいるのに抱いてもらえないなんて残念ですね。
 特選小説だなとおもいつつわたしは修一さんの胸の中にまた忍びこむ。
 しかし……。ほんとうはわかっている。
 いちばんバカなのは、わたし自身だということを。

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