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プロポーズ

「ねぇ、」
 なかなか暮れない夕方独特の空気は冷房の効いた部屋にいてもなんとなくわかる。それはきっといやったいほどに熱く重たい空気に違いないと。
 こんなヘンテコな時間なのにあたしと彼はお布団で横になっている。冷房の温度が20度でありあたしてきには寒い。けれど暑がりの彼はそれでもまだ暑いのか素っ裸でパンツすら履いてない。
「ん?」
 彼は天井を見上げた仰臥の体勢だけれどあたしは彼の腕に絡まるようまるでコアラのようにくっついている。
「なに?」
「あのね、」
 喉のすぐそこまで言葉を準備いているけれどなかなか準備がまとまらない。彼はじっとあたしの言葉を待っている。彼があたしの方に身体を寄せて抱きしめる。
 よし。今しかない。はたして言葉を並べた。
「この夏でつきあって丸4年だよ。わかる? この先どうなるのかなぁ? あたしたち」
 彼はハッと目を見開きけれど口は閉ざしたままであって無言で顔をしかめる。
「結婚したいの? もういいでしょ? もう」
 もういいでしょ? 自分でいってから一体なにがどういいのかわからなくなった。彼は寡黙を貫いている。そうしてやっと首を横にふった。それ以上なにも話すこともなくただ一段と強く抱きしめる力を強めた。強めなくてもいいと思った。それ以上にもっとほしいものがある。言葉だ。嘘でもいい。たとえばそうだよな、とか、まだ無理だよ、とか。はっきりした答えが欲しかった。寡黙でいることはずるい。寡黙な男が好きだとはいえ寡黙の使い方を間違ってるぞ。と彼に大声でいいたかった。結婚だけが恋愛における完全形態でないことなどお互い知っている。彼はバツイチだし子どもさんだっている。育ててないにしろまだ養育期間真っ只中で当面はお金が必要だしそれよりも彼自体に結婚する意欲がみられない。もう若くないのだしそういうことははっきりしないとあたしが前に進めないじゃないか。と憤るも彼のことが好きだから、あ、嘘、嘘〜。とはぐらかし彼の腕の中から脱出をし布団から出る。不穏な空気が漂うなかぼんやりとその場にペタンと子どもみたいにすわった。あたしもパンツ一枚で。おっぱいがでたままで。泣きたくなった。一緒にいても先が見えない。もういいでしょ? もういい加減嫌いにさせて。もう疲れたの。わかないよね? 彼はきっとあたしのまあるい背中をみている。あたしの心の中など知る由もなく。ただぼんやりとみつめている。背中に視線という冷たい矢が突き刺さるのが嫌なほどわかる。射抜かれたあたしはしばらくその場から動けず目頭から透明な血をそっと流した。背を向けていてよかったと思う。頬を伝うそれはしばらく流れにまかせた。
「腹減ったな」
 窓の外はいつのまにか闇に覆われている。テレビのあかりだけがただ意味もなくちかちかと光っていた。
「なんか食べにいく? それか買い物?」
 あまり空腹を感じなかったけれど
「すき家」
 近所にある牛丼屋の名前を告げる。
「またか」
 彼は両手をあげお手上げのポーズをつくった。
「アメリカ人の真似はやめて」
「あ、ばれたか」
 また普通に喋っている。そうしてこの10分後はすき家のカウンターで牛丼を並んで食べているだろう。
「え? なに笑ってんの?」
 想像をしただけであたしはクスクスと笑う。ゲラゲラかもしれない。
「ううん。なんでもない。あたしうなぎの入った牛丼にする。大盛りで」
「え? まじで? 食えないくせに」
 食えないくせに? なにぃ〜。
 あたしは絶対に完食してやると心にちかう。
「じゃあ、食べたらさ、鼻でうどんすすってよ」
 と、どうでもいいことをいいながらやっぱり仲良くカウンターに並んで足をぶらぶらさせながら牛丼ができるのを待っている。
  

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