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JIN

 あたしの前世はきっと吉原にいた女郎だったのかもしれない。
「仁先生、姐さんの病を治してくれやせんか」
 と野風にいわれあたしは膿の出た湿疹を身体中にまといもう口もきけないほど末期状態になっている。膿を持った湿疹は体内で暴れ全ての器官にウイルスを運び最後には脳にまで到達し死に追いやる。

 梅毒はその昔は死の病だったのだ。

 最近JINの再放送をネットで観ていて梅毒の回があったのはうろ覚えだったけれどあったので観るとまあ昔の吉原が女郎が出てきて他人事じゃないなと悟った。梅毒は本当は死ぬのだ。ペニシリンのおかげで今は治る病気になった現在。昔は女郎の結末は梅毒での死。だったらしい。もしあの時代だったらあたしは死んでいた。遊郭は昔からあってそこに従事する女は皆死ぬ覚悟だったのだ。女だから体を売ればなんとか生きていけるしいつか水揚げをしてくれる太客が現れるかもしれないという期待はあっても『元女郎』というレッテルは一生はがされることはなく多分だけれどうまくいかなかったケースもあると思う。体を売る仕事をする女は幸せにはなれないのだろうか。いや幸せになってもいいのだろうか。いやいや幸せになどなれないのだ。過去がいつも自分を縛りつける。病気のようにまたフーゾクの仕事がしたくなる。復帰し後悔し普通の社会に入り込もうと努力をするも結局馴染めずはじかれてまたフーゾクに出戻る。その繰り返しだ。自らつくりあげた過去にいつも囚われそれはもう取り返しがつかないことになっていてやれるところまでフーゾクを続け最後はあたしのよう病気になって初めて気づく。
 あたしは梅毒が治ったらまたフーゾクに出戻るのだろうか。今、お店はコロナで自粛がかかって休んでいる。
『またお願いね』
 お店からメールがきた。『はい。わかりました』あたしの指は勝手にそう打っていた。え? あたしまだやるつもりなのかと自分で打っておいてどこか他人事のように情けなく笑う。あたしはさ、きっとそうゆう生き方しか出来ないのだ。愛を知らないのだから。
 愛をもっと無償の愛を得ていたのならばこのような生きるか死ぬかのスレスレの位置で生きていなかったかもしれない。体を提供し誰かが喜ぶという誰かが必要としてくれているという錯覚。錯覚がいつの間にか生きる枷になりだからあたしはもう取り返しがつかないスライムのようなヌメッとした人間だか妖怪になって生きながらえている。人の親になってもなにも人生観など変わらなかった。子どもらは幸いにもいい子に育った。

 それだけささやかな自慢。あたしは本当は薄汚い女なのだ。数えきれないほどの男の唾液が付着した汚い女だ。汚い女のお面を普通の顔のお面で隠しあたしはマスクとメガネをしてパートに行っている。

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