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ラブ・ホテル2

 藤田さんとホテルにいった。また、である。彼が無職なのでこんなことが出来るのだ。こんなに頻繁に会って信じられない、という思考など彼にはおくびにもださないことにしているし余裕ある女を演じていたいという思いがとてもある。
「自分は? 仕事は? 休んだの?」
 車の後部座席に座る藤田さんがバックミラー越しに訊いてきた。なのでいいえとこたえる。今日の分の仕事は昨日のうちに終わらせたの。と、付け足した。
 ふーん。特に興味なさげに生返事をし、雨振りそうだなぁとひとりごちる。
「子どもたちはやっと学校だね」
 夏休みの宿題を手伝わされたよ、と以前顔をしかめながらいいつのったのできっとホッとしてるだろうと思い何気なくいってみると
「そうね」
 たったのそれだけの返事だったので拍子抜けした。藤田さんには小学4年生の男の子と6年生の女の子がいる。けれど。藤田さんに『お父さん』という言葉がまるで結びつかず本当に子どもさんがいるのかと訝しんでしまう。奥さんだっている。あたりまえだ。あたしは世間では泥棒猫なのだし。ルパンの娘じゃないけれど藤田さんの身体を盗んでいるのだから。心だけは盗めない。不倫ばっかりしている不良のあたしがいうのだから納得してほしい。他所で女を抱いても心はいつも家庭にあるということを。割り切っているのだから続く。欲をかかない、わがままを言わない、困らせない。これさえ守ればいい。けど。けど。本音は虚しいのだ。多分。
 ホテルに入ってちょっとだけ雑談をし、ー消費税が上がるとか今度結婚式のカメラマンを頼まれただとかー すぐにベッドに入った。けれどすぐに始まらなかった。ただ横たわってお互い。目をつぶっていた。なにこれ、瞑想なのかしら? クスクスと笑いながら小声でささやくも藤田さんはスースーと寝息を立てていたのでおどろいた。
 ホテル=する という昔からの方程式はきっと初々しいカップルかなかなか会えない不倫カップルだけ。え? 隣でスースーしている藤田さんは多分特にしたくもなかったのだろう。きっと。
 それでもやっぱり裸で寝そべっていたら、する。この人はあたしの扱いがぞんざいで痛くすることで自分の欲望を鼓舞する。あたしは決して屈しないけれど欲望の鼓舞の為に時折身体に傷をつけることもある。おこないが終わると大体が背中や首に歯型がついている。
 果てたあと、そのまま寝入ってしまいなんとなく目覚めてお茶で喉を潤したあと、また入ってきて、出て行って、寝入ってしまい、ウトウトと目覚めると、藤田さんはパンツ1枚になってソファーに座っていた。
「あ、起きた?」
 余裕ある声に安堵する。ラブホは時間をあやふやにさせる。
「何時なの? 今」
「7時」
 え? 嘘でしょ? もう一度聞いてみる。
「だから、7時」
 えー! 急いで立ち上がって自分のスマホを確認すると本当に19時2分と表示されていた。
「帰らないと。お家大丈夫?」
 ん? 大丈夫じゃないなぁ、とスマホをいじりながら笑う。けどもういいよ。今更焦ってもね。
 午前の11時前に入っている。
「ホテルってさ、時間がわからないね」
 そういってみたところで現状などなにも変わらない。眠って、して、眠って、して。そんな怠惰な1日があってもバチなどはあたらない。けれど、この人には家庭がある事実は変えようがない。それ自体はきっとどこかであたしたちには罰が下る。
 だって悪いことをしている共犯者なのだから。
「なあ、このホテルさ、飯無料だってさ」
 もはや帰ることの諦観をみた藤田さんは無料サービスのカレーとラーメンを頼んでいた。

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