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ハンバーグ

 最近太陽見てないーな。テレビを観ていたら全くテレビの内容と関係ないことをつぶやく。なおちゃんはいつも唐突だ。たとえば、朝起きてすぐ、あ、今日出張だった、と普通にいい、ワイシャツにアイロンをかけたり。おいおい。前日にいえばあたしがやったのに。と思うけれどいつもあまりにも唐突なのでもうあまり驚いたりしない。テレビ番組は(だれがしの好物をあてろ!的なことがやっている)なんとなくいつもともしある。なおちゃんとあたしの潤滑油だ。だいたいテレビの中の出来事についてぽつんぽつんと会話が進む。
「太陽ねー。腐ったのかもしれないわ」
 梅雨明けがあまりにもおそく毎日毎日雲がたれこめている。グレーの空。グレーの雲。
 くさるぅ? なおちゃんは語尾を上げて、苦笑いをよこす。
「俺の身体が湿気で腐りそうだよ」
「そうだね」きっと人口の大半はそう思っているわ。と、心の中で付け足す。
「けど梅雨明けたら明けたで猛暑になるよ。きっと」
「そうだね」
 そこで会話がとまる。基本あたしたちは「そうだね」といっておけばだいたい穏便なのだ。喧嘩をしたことがないのは「そうだね」の四文字のせいかもしれない。

「わー、うまそうー」
 テレビの中ではハンバーグの美味しいお店の紹介に切り替わっている。なおちゃんはきっとつい心の声が口からもれたに違いない。
「ほんと。なおちゃんハンバーグ好きだもんね」
「うん」
 まるで小学生のよう子どもじみた声でこたえる。ほろ酔いの目は憂をおびていてちょっとだけ充血してた。
「この前自分でつくったやつもうまかったんだよ」
「え?いつつくったの?」
 あれ? なおちゃんは、いってなかったかなと肩をすくめる。それは初耳だったから。
 先々週の日曜日につくったという。あたしはその日女友達とまさにチェーン店のハンバーグを食べに行っていたのだ。今これたべてるの。と写メを送った記憶が蘇る。そうなんだ。そう。400gの合挽き肉を買ってきて(100g88円)全部平げたと話す。
「歯が悪いからね。ハンバーグはいいよね。そのてん」
 そのてん? どのてんだ? といぶかりつつもやっぱりテレビの中に登場するハンバーグたちがあまりにも美味しそうだった。
「明日ハンバーグ食べに行こうか」
 また唐突にいいだし決定ね、と勝手につけたす。
「たのしみ!」
 別にハンバーグを食べにいくのが楽しみではない。楽しみなのは一緒にどこかに出かけるという事実だ。ほぼぼほ一緒のものを胃におさめているあたしとなおちゃんはきっと体内成分は同じだろう。同胞なのだ。たぶん。
 100g88円……。結構いい肉をつかったなぁとふいに思いつく。国産だろうか。
か。国産でなければ100g68円とかなのに。
 その夜。スーパーのレジ打ちのバイトをしている夢を見た。どの人もどの人も皆そろって合挽き肉を買っていくのだ。今時手打ちのレジだったのがとても違和感をうみだし途中からこれは夢だ。と気がつきレジ打ちを放棄した。ふふふ。ざまーみろ。ほくそ笑むあたし。夢は都合よくあたしの味方だ。しかし、山Pには合わせてはくれないけれど。

 次の日。いちいち高速に乗ってとなりの県にしかない『有名な』『並んでも食べたい』ハンバーグ屋にいき、唖然然としている。なんと待ち時間が35分と出ていたのだ。
「うっそー」
 お互いに声が重なって、うっそーだぁ、と今度はなおちゃんが眉根をひそめる。
「どうする?」
 どうする? どうするもこうするもないけれどいちおう訊いてみると
「待つしかないよ」
 なおちゃんはこたえた。腹減ったぁと付け足して。そういえばさ、お店の中は待ち人が溢れていて車の中で待機している。
「ん? なあに?」
 そういえばさ、というなおちゃんの言葉の先を促す。
「あれ? なにいうか忘れたし」
 ははは。と笑うのでまあそういうこともあるわといいあたしも笑う。けれどそうゆうことはたまにではなくしょっちゅうあるのためあたしとなおちゃんは笑ってごまかす。しかし腹減ったなぁ、とこれで4回目の腹減ったなぁを耳にしたとき、お店の従業員の太った女性が車まで呼びに来てくれた。あ、次くらいに入れますと。
「わーよかった」
 子供じみた声で歓声をあげる。子どものようななおちゃんはしかし会社では課長で品質を管理している人だ。信じられない。といつも思う。
 ハンバーグは可もなく不可もなしだった。
「でもさ、並んで食べるほどのものではなかったな。この前の餃子の方がうまかったし。俺的には」
 帰りの車の中はハンバーグ屋さんとタバコの匂いとがたちこめている。お互いに肉を腹いっぱい食べてきた証拠。
「俺も」
 なおちゃんを真似てあたしもこたえる。
「わいも」「わしゃも」「僕もです」
 なおちゃんは1人称を何個かならべた。
「なおちゃんがたくさんいるね」
 あたしはついクスクスと笑ってしまう。うちについたらシャワーをしたいなと思う。
「俺さ、このあとスポーツクラブ行くけど行く?」
「いかない」
 だってお腹いっぱいだもん。シャワーしてから横になりたいじゃないの。なおちゃん。とは口にはしなかった。
「なおちゃんは行ってきたらいいわ。帰りにねソーメン買ってきてくれるかな」
「うん」
 多分夜中にお腹が空くはずだと思って頼んでおく。夕方四時の変な時間に腹いっぱいだなんて。
 あたしはまたクスクスと笑いだしてしまう。なおちゃんは真剣な顔で高速を走っている。グレーの雲が多い空のしたで。


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