イシツブテの代謝性石疾患

イシツブテを育成しているポケモントレーナーから、最近「いわおとし」や「たいあたり」といった技の威力が落ちて困っているという相談を受けました。

イシツブテの体はただの石だと思っていませんでしたか?実はイシツブテは外骨格生物であり、貝殻や骨や歯などと同様、バイオミネラリゼーションによって作り出した骨格だったのです。

生物が形成する無機化合物を、生体鉱物を言います。骨や歯はリン酸カルシウム(ヒドロキシ
アパタイト)、貝殻や卵殻、耳石などは炭酸カルシウムから構成されている生体鉱物(バイオミネラル)です。病的な状態で形成される尿路結石や腸石なども生体鉱物と言ってもいいかもしれません。
どこからどう見ても石にしか見えないイシツブテの外見も、実は生体鉱物によるものなのです。あのゴツゴツした見た目とやや灰色がかった色から、カルシウムが主成分なのでしょう。

私たちヒトを含む脊椎動物は、骨が中心部にあって体を支えていることから内骨格と呼ばれます。一方、昆虫を含む節足動物や貝、甲殻類などは、体の表面に硬い構造物があることから外骨格と呼ばれています。イシツブテは体表が鉱物のようなものに覆われていることから、昆虫や貝類と同じように外骨格でできた生物と判断できます。体の表面にある表皮にあたる細胞が、カルシウムやタンパク質を分泌して結晶化させているのでしょう。

体表が著しく変形した一匹のイシツブテが不幸にして死亡したので、トレーナーからの依頼で原因究明のために病理解剖をさせていただきました。外表を観察したところ、確かに表面が非常に脆くなっていて、触れただけで簡単に崩れてしまいます。外骨格にメスを入れたら、スーッと簡単に切開することができました。
イシツブテの病理解剖は通常なら、グラインダーを使用しなければ解剖できないのです。

病理解剖のあと顕微鏡を使って外骨格をより詳細に調べてみると、カルシウムが沈着した石灰化部分が少なくなって、代わりに類骨という石灰化に至らない幼若な骨組織が増えています。おそらく何らかの原因でカルシウムが沈着できずに、外骨格が軟らかくなっているのではないかと思われました。

まず考えたのが、常に周囲の環境にさらされている外骨格生物であることから、何か外的な環境要因で外骨格に影響を与えているのではないかということです。例えば海に生息する貝類やサンゴなどでは、海水の酸性化が進行することで、骨格の成分である炭酸カルシウムがうまく形成できなくなったりします。
イシツブテも同じように、酸性雨などの影響でカルシウムが溶け出しているのではないかと疑いました。しかし、トレーナーによると症状が見られるのは室内で飼育しているイシツブテであり、付近に生息している野生のイシツブテにはそのような変化はないそうです。

そうすると環境要因ではなく、何か体の内側からの要因、それも屋内飼育と関連する何かによって外骨格の形成が正常にできなくなっていると思われます。
屋内で飼育されていることから、第一に紫外線不足が考えられます。3 種類ある紫外線のうち UVB は、カルシウムの吸収に必要なビタミン D の活性化に重要な役割を果たしています。そのため、極端に紫外線が不足するとビタミン D が体内で作られず、カルシウムが吸収できなくなって骨が弱くなってしまいます。しかし、イシツブテの飼育環境を見てみると、爬虫類用の紫外線ライトをきちんと使用しており、紫外線(UVB)照射不足からくるビタミン D の欠乏は除外できます。

となると餌にカルシウムが不足している可能性があります。ところで、イシツブテは何を食べて生きているのでしょうか。トレーナーによると、野生のイシツブテはそこらの道ばたに生息していて、石を食べているそうです。しかし、一口に石といっても、岩石には大きく堆積岩、火成岩、変成岩の 3 種類があり、それぞれの中にも様々な岩石が含まれます。

症状が見られたイシツブテに与えられていた石を確認したところ、もっぱら火成岩の一種である花崗岩でした。なんでも、近所の石材店から不要になった花崗岩(御影石)をもらっていたのだそうです。花崗岩にはカルシウムを含む斜長石が含まれますが、全体としてカルシウムはそんなに多くありません。おそらく花崗岩ばかりを与えられていたために、カルシウムが不足して外骨格がうまく形成できなくなってしまったのでしょう。

以上のような考察を踏まえて、トレーナーには餌の見直しをアドバイスしました。炭酸カルシウムを豊富に含む石灰岩も餌に加え、様々な岩石をバランスよく与えてもらうようにしたところ、代謝性石疾患で苦しむイシツブテはいなくなりました。

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