よっぽど声に出そうかと思った

その日、私は浜松町駅から山手線に乗った。

京浜東北線だったかもしれない。

京浜東北線に乗ったのである。


夕方の5時頃、

帰宅ラッシュが始まり切らない時間で、

空いてはいないが混んでもないくらいの車内。

私はドア付近の吊革に掴まり、

ぼんやり外を眺めていた。


不意に「おい」と呼びかけられ、

意識が視界を流れるビルから電車の中に戻る。

気さくとは正反対の声色だ。

声のする方を見ると、優先席に座る

60代くらいの男性だった。


「ここは優先席だぞ。俺は機械が入ってる。

携帯の電源を切れ」

どうやら誰に向かって言っているでもなく、

周囲にいるスマホを持った人たちへ

注文をつけていたらしい。

俺は機械が入っているというのは、

彼がアークリアクター、もといペースメーカーを

着用しているということだ。


態度はともかく、内容は妥当である。

彼はオレンジ色の吊革に書いてある注意書きを

当事者として訴えているにすぎない。

優先席付近に立っていた人の何人かは、

どちらかと言えば関わりたくないという目的の下

そそくさと車両を移動するなどし始めたが、

私はそのとき偶々スマホの電源が切れており、

場所も優先席の真ん前という訳でもなかったので

依然彼を横目にしたまま

意識を移動用の省エネモードに切り替えた。


束の間、別の声で意識はまた

アクティブモードに戻される。


「別に大丈夫ですよ」

男性の丁度隣に座っていた、

50代くらいの女性だった。

彼女もスマホを弄っていたようであり、

手にしたスマホを鞄にしまいながら言う。

「今のペースメーカーは大丈夫ですよ。

携帯の電波くらいで止まったりしません」

窘めると言うより、喧嘩腰な態度だ。

男性の主張に反抗するためだけに発言している。

みるみる男性の眉間に皺が寄る。

彼が何か言おうとする前に、

女性が遮るように続ける。


「見てください。私もペースメーカーですから。

別に携帯じゃ死なないです」

彼女はおもむろに着ているセーターの首元を捲り

自らのアークリアクターを露にした。

なんと挑発的な行為か。

周りにまだ残っていた人たちもつい顔を背ける。


男性は反論の言葉を探しつつ、

彼女を睨むに留まっていた。

女性は自身の優位を確信するように睨み返す。

周りはその雰囲気に気圧され、

或いは自らに飛び火させまいと、

その優先席の一角のことは見て見ぬふりをした。


その睨み合いは、快速の列車が次に止まった

数駅先で私が降りるまで続いていた。



電車を降りる瞬間、膠着状態の二人を尻目に、


頭の中で生まれたある言葉が、


言ってはならないと腹まで沈めた言葉が


消化器を通って喉から出かかる。






こいつら、











心臓が強い。















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