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もっと小さな一歩。

先日職場内で、『しまの居場所づくりプロジェクト』について説明したときのこと。そこで感じたひとつの違和感。自分の話す『居場所づくり』という言葉が妙に引っかかったのです。なんだか言葉としてはきれいなんだけど、背伸びしているような…。説明後、悶々とした気持ちを拭いきれずに過ごしていたとき、ある集落に訪れた際にこんな話を聞きました。

「自分は家の『縁側』でゆらうようにしてる。だって家の中に入ると中が見えないでしょ?人によっては中で何話してるのか気になる人もいるだろうし、家の中に上がること自体を遠慮する人もいる。だから気持ちよく話せるように、人に見える場所で話してるんだよ。」

これを聞いたときの自分の頭の中
→『縁側』=中でも外でもない、曖昧な場所。中の人だけでなく、外にいる人ともつながる場所。別に目的なくても居心地いい場所。豊かな時間を過ごせる場所。
自分の中で、見事に今の善時庵の景色がマッチ。

実際、善時庵でミーティングをしていると自然とこんな風景になります。

ふら〜っと人が近寄って、中と外でつながるしまの『えんがわ』。もちろん善時庵がしまの人にとっての『居場所』になって欲しいけど、もっと小さな一歩として、『えんがわ』から始めることにします。

ってことで、プロジェクト名は『しまのえんがわプロジェクト』に変更!!

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