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私はうさぎ

冬の朝ってずるい。
どんなにお腹が空いていても、お布団の中から出られらなくなる。
おしっこを限界まで我慢して、ようやく、お布団から出る事が出来るけど、寒くて堪らない。
お布団にすぐ戻って、寝ようとすると、猫のぴいが入ってきて、ごろごろ喉を鳴らしている。
ぴいは、賢い。
私に懐いているのではなくて、一番、温かい所がお布団の中だって、知っている。
ぴいは、人間だったら、世話たり上手のオスで、きっと、上司から気に入られて、出世する、メスにも、きっと、モテる。
ぴいに言ってやった。
「色男、惚気るな、そんなに甘えても、私はなんにもあげやしない」
そう言うと、ぴいは、頭をすりすりしてきて、私の腕の中で気持ちよさそうに寝てしまった。
まったく、冬のお布団と猫は、私を惨めな怠惰にするから、きっと、お母さんに笑われる。
ようやくお布団から抜け出して、鏡の前に立つと、鏡に映る自分に顰蹙した。
おでこに二つ、鼻下に一つ、両ほっぺに一つ、顎に、一つと、醜いできものがたくさん出来ちゃって、鬱。
昨日、チョコレートを3個も食べちゃったからかな。
鏡の中の自分を見つめて、睨みつけてみるけど、妙に可笑しな顔をしてて、滑稽だ。
お母さんが帰ってきた。
酷く、泥酔していて、玄関入ってすぐに倒れて、眠ってしまった。
「お母さん、そんな所で寝たら風邪ひくよ」
そう言って、お母さんを起こそうとしても、お母さんは起きやしないから、隣の部屋まで運ぼうとしたけど、重くて、とても運べそうになかった。
掛け布団を持ってきて、お母さんにそっと、掛けてあげて、私は、ぴいに餌をあげて、ようやく、私もご飯を食べる。
フライパンで卵を焼いて、高貴なお皿に並べてみて、パンと一緒に、調子よくナイフとフォークなんて使っちゃって、味がしない、卵とパンを食べる。
いつか、ナイフとフォークを使って、大きなお肉を食べてみたい。
お母さんが起きて、冷蔵庫のお酒を飲みながら、私を見つめる。
お母さんの目つきは、冷酷。
化粧が崩れて、冷酷な目つきがさらに私に畏怖を与える。
「叔父さん呼んだから」
お母さんと一緒にいる時間よりも、叔父さんと一緒に居る時間の方が多い。
叔父さんは、変な人。
優しくて、なんでも買ってくれるけど、目が、怖い。
私を見る時の目が、欲だらけで、気持ち悪い。
「叔父さんは、嫌だ」
お母さんにそう言っても、お母さんは聞いてくれない。
すぐに、またどこかへ出かける準備をして、朝まで帰ってこない。
お母さんは、無責任。
私の事なんて、本当は愛していないのかしら。
そう思う度に、耳に蓋をして、雑音を塞ぐ。
目を瞑る。
無の世界が一番、心地よい。
でも、やっぱり、孤独の足音が、前からも、後ろからも、横からも、上からも、下からも聞こえてきて、そうして、私はぴいをひしと抱きしめる。
孤独な人間にとって、猫は偉大だ。
ぴいだって、孤独だった。
私とぴいは、孤独だから、孤独同士磁石みたいに引き寄せられたのかも。
叔父さんが来た。
やっぱり、叔父さんは臭い。
いつも、来る度に、私の事を抱きしめてくるけど、臭くて耐えられない。
叔父さんが、プリンを買ってきてくれた。
プリンの味は、甘かったけど、ずっと、食べてる時も叔父さんに見つめられて、まずくなった。
叔父さんは、夜になると、急に目つきが変わって、私を求める。
叔父さんが私を求める度に、ハイエナに追いかけられるうさぎを思い出す。
うさぎは、一生懸命逃げるけど、ハイエナは執着して追いかけて、いよいよ、うさぎの脚に食らいつく。
うさぎは、小さな体で必死に抵抗するけど、ハイエナの力に敗北して、食べられちゃう。
今の私は、うさぎだ。
体全身の力が抜けて、何も考えないで、ただ、ひたすら、笑顔だけは忘れないで、時間が過ぎるのを待って、気がついたら、いつもの叔父さんに戻っている。
あ、急いで、体を洗わなくちゃ。
汚い、汚い、やだ、きもちわるい、私の世界に入ってこないで。
水をいくら浴びても、匂いが消えなくて、汚い色に染まっていて、涙が出る。
最近の私は、いつもこうだ。
誰も、私のこの不幸を、救ってはくれない。
私は奴隷。
早く、この監獄から抜け出したくて、必死だけど、何も気力が起きない。
叔父さんは、行為を終えると、少しの間、眠りにつく。
叔父さんが油断しているから、いっその事って思っても、何も出来ない私は無力。
やっぱり、何も出来ない、弱いうさぎ。
いつになったら、うさぎから虎になれるのかしら。
もう、嫌になって、出ていこうとした時がある。
必死に走って、田舎道、山を登って、足が重くなっても、走って、走って、後ろから声がしたから、急いで隠れたけど、見つかっちゃって、お母さんにすごく怒られた。
お母さんに、しばらく物置に監禁されて、ぴいとも会えなくて、寂しかった。
それから、家を飛び出すのが怖くなって、おとなしく、ただただ、色のない日々を過ごしているけど、たまに、素敵な夢を見るの。
私が、学校で勉強をしていて、友達と一緒に遊んだり、好きな男の子と屋上でキスしたり、家に帰って、美味しいご飯があって、パパとママと弟がいて、テレビを見て、みんなで笑ってて、とても、価値のある幸福。
毎日、夢で見るようになって、今の現実が夢で、夢の世界が現実だったらいいなって思う。
お母さんも、叔父さんも、本当の私を知らない。
私は、道化。
偽物の笑顔に、皆んな騙されて、私自身も、鏡の前に映る笑顔の自分、写真に映る笑顔の自分に騙される。
夢の中のママから、常に笑顔でいなさい、笑顔が貴方を救ってくれるって教えてもらった。
叔父さんとの時間だって、笑顔でいると、乱暴しないでいてくれるし、お金も多く出してくれる。
でも、最近の私はおかしい。
悲しい時でも、笑っちゃいけない時でも、笑顔が出ちゃう。
ぴいの体が動かなくなった時だって、心は悲しくて、悲しくて、堪らなかったんだけど、何故だか笑ってしまって、止まらなくて、お母さんに殴られた。
夢の中でも、ママが事故で死んじゃって、パパも弟も泣いているのに、私だけ、泣きながら笑っていて、その日から、本当は現実だったのに、夢になっちゃった。
鏡の自分を見て、笑顔でいる自分を思いっきり殴った。
私は、笑ってはいけないって思っても、やっぱり、笑いが止まらない。
割れた鏡に映る自分が、とても、自分ではなくて、その時初めて、笑わないで涙が出た。
ぴいもいない私は、孤独の匂いをさらに強めて、その匂いに悪い人が寄ってくる。
叔父さんが、「一緒に住まないか」と言ってきて、やりきれない。
優しい人だけど、急に目が怖くなるから、私は叔父さんの前だとうさぎになっちゃう。
叔父さんが私にキスする時は、はっきりと、性欲の匂いがする。
汚ない、鳥肌が止まらない、私、拒絶が露呈するようになってきて、勘付かれるのが怖い。
ばれないように、必死に笑う。
笑って、笑って、涙がこぼれないように、笑って、それでも、やっぱり繊細なのね、心も、体も、もうボロボロの廃棄物。
お母さんに捨てられちゃうな、もう、なんでもいいや。
叔父さんは、明日、迎えにくるから、荷物をまとめとくように、と言った。
私は、笑顔で返事をして、お風呂場に行って、水を溜めた。
来世は、ちゃんとした女の子になれますように。
かっこいい人に下手褒めされて、恥じらいながらキスをして、青春の味を知る。
両親に愛されて、大学にも行かせてもらえて、素敵な男性と結婚して、子供を作って、幸せを感じる。
自分をお金で買われなくても生きていける幸せ。
人生は、真っ直ぐに進んでいても、急に道を外して、右にも左にも行ってしまう。
私は、まっすぐに進んでいた道を踏み外して、今の道に進んでしまったのかも。
孤独が怖い、汚れた自分が憎い、汚した人間が憎い。
私は、孤独とお金に縛られた奴隷。
今度こそ、夢の中にずっと居れるように、私は眠りにつきました。
早く私を見つけ出して、夢の中で、待ってます。

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