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靖国さんと千鳥ヶ淵とミツバチさん

三年ぶりに両社に参拝させていただいた。

7月31日 とても暑い一日でした

靖国神社には、現実、東北列藩同盟諸藩や上野の杜で奮戦した彰義隊。西南の役の西郷さんや佐賀の乱の江藤新平、その一派は祀られていない。
錦旗に楯突いたからであろうことは想像出来るし、それほど、狭隘なところに明治新政府は追い込まれていたんであろう。
そのことは認識しているが、彼らの魂も居られる!と信じているので参拝している。皆さん、一様に国を思ってイノチを散らせている。
今回は、3・11の年に生まれ、12歳になったチビを同行させるのが大きな目的。
今は、何を話しても色をつけてしまうので、何も伝えていない。
いずれ、日本人とはなにか? 日本国とはなにか?を学ぶ時期が来る。
その折に、思い出してくれるだけで良い。

彼の祖父やその同世代がなにゆえ、若いイノチを国に捧げようとしたのか思い起こしてくれるだけで良い!

志願の海軍飛行兵だった彼の祖父。最後は特攻のパイロットだったそうだ。

エセ維新が現代社会を形づくって来た!

明治維新は、まやかしの茶番劇であったと未だに感じている。
薩摩の背後に英国があり、薩摩と長州を結んだのも英国の差金。
英国は(スペインも同様だったようだが)日本を植民地に出来ないことを認識し、ならば、代理で戦わせようとしたのが明治維新。
結果、日本は、二度の大戦さをしている。
日清、日露の大戦である。
いずれも、背後に居たのは英国。
英国大使館の位置と面積を見れば、一目瞭然であろう。
皇居隣接、山の手。
たぶん、戦費も彼の地からおためごかしに調達したんであろうね!

Gアースで測定したら38,000㎡前後だった。


前者は13,000人。後者は84,000人の戦死者を出している。
したり顔で、朝鮮半島を守るため!と歴史学者は書いてるが、そうではあるまい! 江戸期は260年もの間。平和が続いた。
その間欧米でなにが起きていたか?

代理戦争の先兵としてきた日本が力を付け過ぎたことを認識した英米が時の日本政府を追い詰め、永野軍令部総長&山本五十六コンビがあろうことか真珠湾を攻撃し、Fルーズベルトの思惑どおりになった。
結果は、軍人、軍属併せて230万人の戦死。餓死者を数え、海外居住民と国内居住者80万人の民間人が犠牲になっている。
オカシイと思いませんか? まぁ戦争、そのものが理不尽なことは云うまでも無いが、大東亜戦争末期に、B29は日本中の都市に、焼夷弾を降らせ、あろうことか既に戦力が枯渇した日本軍であったにも関わらず、Fルーズベルトの後の大統領・トルーマンは広島・長崎に原水爆を投下している。
米国は、米国在住の日本人を強制収容所に入れた。
このことをバイデン大統領は、声明で詫びた。
広島に来た二人の大統領、オバマ、バイデンは詫びてますか?
日本人を人としてるなら、土下座すべきである。
彼の地に眠る皆さんは、ただの殺戮された民間人。
が、イエロー・モンキーだったんであろう!

岸田政権は、何を血迷ったか外国人留学生を、宝物としている。
多文化共生社会を目指すともしている。
縁もゆかりもない欧州の米国の道具にされたウクライナに異様に肩入れしている。田舎暮らしのジイさんでも、安倍総理暗殺後の政権の動向をみれば、米国売電政権の仰せのままのパペットに成り下がったことは想像できる。

5月のG7ひろしまサミットは好機だった。
首脳を引き連れ、慰霊碑を訪れた際に土下座してみれば良かった。
ひとりや二人は追随した筈だ。
LGBT法案で地に墜ちた支持率をあげる好機だった。
その程度のことも出来ずに、サミット後の解散で自民党が勝てると踏んでたとすれば、所詮は、総理=最高権力者を目指したカスに過ぎない。

慰霊碑まえのG7首脳とEU議長?

千鳥ヶ淵の初体験
母子と別れ、単独で、千鳥ヶ淵墓苑に参った。
相変わらず、と云うかこの時期ゆえ、参拝者は少ない。
菊の花を母子の分まで三本捧げてきた。

千鳥ヶ淵墓苑

時間があり、一人参拝ゆえ、周囲を見て廻った。
拝所の後ろに、遺骨安置所があったことを知った。
帰路に森を散策し、駐車場に向かおうとしたら、途中で通せんぼされた。
後に、駐車場でお会いした管理の人物と立ち話。
参拝者が刺されたらいけないので、通行止めにしたと仰せ。
大木のムロに巣があったようだ。出入りが激しいのでここに嬢王蜂がいたのであろう・・。
花が無いこの時期どうしているのかしらね?との問に、皇居を向いて、あちらでお世話になっているのではないでしょうか?との答え。
なるほど、皇居は途中に高速道路を挟んで指呼の間。
この子たちには立ち入り禁止はないもんね!
皇居は、理想の里山と聞いたことがある。
そう言えば、一般参賀の帰路だけでも、樹種が豊富だな~花木もあるな~と在京時、恒例にしていた参賀の都度、感じた。

円内から多くのミツバチ(働き蜂さんね)が出入りしていた。門番も居たね。

いろんな意味で、胸の仕えがとれた旅だった。
ちなみに、自宅からの距離は往復160kmほど。
20年ぶりの首都高走行は、のけぞった。なんとまぁ・・・。無料化の筈が、倍になってたんだね。
穫れるところから取る日本国政府と外郭団体m(_ _)m

最近の人生訓!

      

      

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