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【幻想と死に彩られた世界で青年は何を知る】映画『グリーン・ナイト』感想

11月25日から公開中の映画『グリーン・ナイト』。14世紀の叙事詩を原作に「首狩りゲーム」という奇妙な挑戦にいどむ青年の旅が幻想的な映像で描かれる。

監督は『ア・ゴースト・ストーリー』、『さらば愛しきアウトロー』のデビッド・ロウリー。主演は『スラムドッグ$ミリオネア』のデブ・パテル。共演には『リリーのすべて』のアリシア・ヴィキャンデルをはじめジョエル・エドガートンバリー・コーガンら豪華な顔触れが並んでいる。

原作は14世紀の叙事詩「サー・ガウェインと緑の騎士」。作者不詳のこの詩を『指輪物語』で知られるJ・R・R・トールキンが現代英語に翻訳して世に広め多くに人に読まれてきた作品だ。

情報が公開された時からずっと楽しみにしていた作品。何といっても筆者の大好きな『ア・ゴースト・ストーリー』の監督だし、ポスタービジュアルや予告編の雰囲気にも惹きつけられた。

だが、懸念してる部分もあった。
試写会や著名人の感想にあまり一貫性がないように感じたのだ。これまでの経験上、こういう作品は「多面的に楽しむことができる」か「捉えどころがない」のどちらかであることが多い。

実際、配給会社のトランスフォーマーさんも鑑賞前の予備知識として解説動画を出しており、この推測はあながち間違いではなかったのだろう。
(これから鑑賞する方は下記の解説動画をチェックしておくと世界観の理解に助かるかも)

筆者の感想としては幻想的な世界観が印象に残る作品だった。特に映像の素晴らしさは格別。今年観た映画の中で1番かもしれない。

2時間10分という上映時間に身構えていたが、観てみると長さが気にならないくらい映画の世界に没入していた。

話も分かり易い。もっと捉えどころのない内容を想像してたが、現代にも通じる普遍的なメッセージ性が提示されている。特に終盤のガヴェインの行動は自分に通じるところもあり大いに共感した
(解説動画は物語の背景などを知るためのモノでストーリー自体は難解には感じなかった)。

こうしたビジュアルを見て「素敵」と思える人には是非本作をお薦めしたい。個人的には3時間くらいの長尺でも良い!

骸骨に死者の霊、そもそもの旅の発端が自身の首を差し出すという点において「ガウェインの旅は死に彩られた旅路」といえる。ダークファンタジーが好きな人には特にお薦めしたい。

ただ、本作に派手なアクションや冒険活劇を期待すると肩透かしを食らうだろう。

本作のアーサー・ガウェインは英雄ではなく等身大の若者。彼が辿るのは勇敢さではなく自分自身と向き合う旅だ。そういう意味でこの物語はガウェインの成長譚、あるいは青春モノに近い印象を抱いた。

深く掘り下げようすると様々な見方ができる奥深さを持つ作品だが、ストーリーを追い掛けるだけで充分に面白いので興味ある方は是非チェックして欲しい。

※以下は映画の詳細な内容に触れています。未鑑賞の方はネタバレにご注意ください。

2021年製作/130分/G/アメリカ・カナダ・アイルランド合作

【感想】

とにかく映像がツボに入りまくる作品だった。最初に心を鷲掴みされたのはガウェインが旅立つ場面。周り一面何もない荒野を歩く長回しのカットが素晴らしい。奥行きを活かしているのも好みだしガウェインの心情を表したかのような曇天模様なのも良い。

『ア・ゴースト・ストーリー』もそうだったが、デビッド・ロウリー監督は孤独を際立たせる画が印象的だ。ゴーストが孤独に時空を旅したように、本作でもガウェインは基本1人で旅をする(マスコット的キャラとしてキツネが登場するが)。

どちらも撮影監督は同じアンドリュー・ドロス・パレルモが担当。この方の撮影好きだ

そんな旅の中で語られる物語は頼りない若者が通過儀礼を経て一人前の男になる話。昔から語られる王道の物語といえるだろう。

原作ではガウェインは勇敢な騎士として描かれているらしいが、本作で描かれるガウェインはどこにでもいそうな若者だ。

ロウリー監督はインタビューで映画化するに辺り、今の若者が共感しやすいよう、ガウェインのキャラクターを脚色をしたと答えている。確かにどこか頼りなく不安気なガウェインの姿には親近感が感じられる。

ガウェイン、「勃たない」と言われてる場面があったと記憶してるけど勃起不全ということも「騎士らしくない」ということを象徴してるのかな?

ガウェインは緑の騎士に辿り着くまでに様々な出来事に遭う。怯えたり戸惑ったり、欲望に呑まれたりその振る舞いはお世辞にも格好良いとは言えない。ガウェインに変化が訪れるのは、いざ首を斬られる瞬間、死を目前にして初めて彼は自身を省みる。

逃げ出した後のガウェインの人生は悲惨だ。王位を継承こそするがその人生は常に暗い影が差している。それを象徴するのが腰帯だろう。ガウェインはことあるごとに腰帯の存在を意識し、その度に恐れと生き恥を感じて生きていかなければならない。

そんな暗い影は実生活にも反映する。愛した人を不幸に追い込み王妃とは愛のない結婚生活を送り息子戦死する。あげく戦には負け国は傾き、最終的には反乱に遭ってしまう。

この未来が現実か妄想かは分からない。重要なのは「逃げる」という選択は、ガウェインのその後の人生を決定づける程、大事な意味を持っていたということだ。

ガウェインのような生死を分かつ程ではなくても、現実社会において逃げ出したくなるような場面に遭遇した経験は誰しもあるのではないだろうか?筆者も過去にそういう経験をしたことがあるし実際に逃げたこともある。

だから、ガウェインの気持ちが分かる。本作は「名誉」が一つの題材になっている。名誉とは自分への誇りだ。一度逃げ出すと自分の生き方に誇りが持てなくなる。そして「後ろめたさ」という感情は何かしら消化しない限りいつまでも影のように自分につきまとう。

しかも現代と違い名誉が命よりも重んじられた時代の話だ。ガウェインの苦しみは想像以上のものだっただろう。そんな未来を悟ったからこそガウェインは首を斬られる事を選んだのだ。恥多き生より名誉の死だ。

現代の価値観で見れば、ガウェインの行動は愚かに映るかもしれない。だが、筆者はガウェインの「覚悟を決めた」という台詞とその表情に胸を打たれた。1人の若者が自身を悟り変わる瞬間、例え死が目前に迫っていてもその眼にはこれまでになかった自信と誇りが見えたから。

映画のパンフレットの装飾やデザインが凝りまくってて凄い。映画が気に入った人は是非購入をお薦めしたい。

映画を振り返ってみると色んな謎が残る。一番気になったのはガウェインの母親モーガン・ル・フェイの意図だ。緑の騎士を呼び出したのはモーガンで間違いないだろうが何をしたかったのか。

怠惰な日々を過ごすガウェインへの試練?そうなると腰帯は何のためか?そこも含めての試練ということか。監督はインタビューでモーガンに自分の母を重ねたと答えているので、純粋に母親から息子への厳しめの愛の鞭ということだろうか。ここらへんは様々な解釈ができそうだ。

またパンフレットの座談会の中で、緑の騎士の最後の台詞が「OFF WITH YOUR HEAD」が「これから首を斬る」という台詞にも解釈できるという発言にも驚かされた。

劇中の隠喩など含めて奥深い作品なので、繰り返し観ることでまた新たな発見をするという楽しみもできそうだ。

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