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【その恋は泡のように切なく淡い】映画『逆光』感想

シネマテークで6月25日から公開している映画『逆光』。70年代の広島、尾道を舞台に、先輩に思いを寄せる青年のひと夏の恋を描いた作品となっている。

尾道から公開し広島、東京へと公開していった本作。東京公開時に見逃していたため、今回の名古屋でようやく観ることができたのは嬉しい限り。7月1日の20時10分の回で鑑賞してきました(お客さんは6人程度)。

2021年製作/62分/日本

あらすじ:70年代の夏の尾道。22歳の晃は大学の先輩の吉岡を連れて実家に帰省をする。吉岡に心を寄せている晃は、夏休みの間、一緒に過ごすことを提案したのだった。吉岡を退屈させないために、晃は幼馴染の文江とその友達のみーこと4人で遊びに行く。2人の男と2人の女の短い夏が始まった…

映画が始まってすぐ美しい映像に引き込まれた。監督兼主演をつとめた須藤蓮さんのインタビューによると、本作の映像は『青いパパイヤの香り』のトラン・アン・ユン監督や『帰れない二人』のジャ・ジャンクー監督、『天使の涙』のウォン・カーウァイ監督と映像美が特徴的な監督たちの作品を参考に撮られたとのこと。

尾道の自然が際立って素晴らしいが、登場人物達の格好やロケーションに使用された場所も洒落ている。晃や吉岡のファッションに純喫茶や晃の実家に使用されたクジラ別館などのレトロな建物はむしろ今っぽい。

本作を鑑賞した日は40度を超える猛暑日。映画の中の涼しげな風景に何度もスクリーンの中に飛び込みたくなった。尾道という場所が魅力的に撮られてるので、本作を観た人は足を運びたくなることだろう。本作からはヴァカンス映画のような趣も感じられた。

脚本を担当したのは『ジョゼと虎と魚たち』、連続テレビ小説『カーネーション』の渡辺あやさん。何故、物語の舞台を70年代にしたのかが気になったが、インタビューでは渡辺さん自身も「(70年代を舞台にした理由を)上手く答えられない」と語っている。70年代は渡辺さんは登場人物達より幼く、須藤監督は生まれてもいない(ちなみに筆者も生まれていない)。

さらに言うと、本作は時代考証にも重きを置いていない。劇中の「ゴーゴーダンス」は60年代に流行っており、みーこが口ずさむ森田童子の「みんな夢でありました」は80年にリリースされたアルバムの中の曲だ。

そういう意味では、本作は「どこかにあるようでどこにもない場所を舞台にしたある種のファンタジー映画」として見ることができる。
現実とファンタジーの境目で起こる物語、これは渡辺さんがこれまでに脚本を手掛けてきた『ジョゼと虎と魚たち』や『メゾン・ド・ヒミコ』等、多くの作品にも共通していることでもある。

「70年」という年代はともかく、時代を何十年も前に設定した理由については2つほど思うところがあった。

1つは「この時代における同性愛」という本作のテーマとの結びつき。今でこそLGBTQなどが広く認知され始めているが、70年代といえばまだまだ世の中では偏見に溢れていた時代。

渡辺さんはそうした時代に生き、苦悩した晃のような青年の姿を描きたかったのではないだろうか。ただし、描きたいのは若者が時代に翻弄される姿ではなく、いつの時代も変わらない恋に悩む若者の姿。晃が恋焦がれる姿は、今の時代の恋に悩む私たちの姿と何も違うことない。相手を想う姿はいつの時代も同じだ。

もう1つは「あの時代への憧憬」ともいうべき作り手側の思い。晃の実家の食事風景や蚊帳、氷まくらに黒電話など、劇中にはノスタルジーを感じさせる小道具が多く登場する。これらの道具からはアナログだったあの時代への憧れのような気持ちを感じた。

事実、須藤監督は「今の若者たちからみた昔の美しさを包括的に表現したかった」と語っている。携帯やSNSは登場しないが、今を生きる私たちから見ても、晃の生活には不便さは感じられない。本作では古き時代の良き面のみを反映していることが伺える。

個人的には、光と影のカットや構図には、漫画雑誌の「ガロ」や鈴木翁二先生の作品のような質感も感じた。

晃と吉岡、そこに幼馴染の文江が関わってくる訳だが、文子の存在が強く印象に残った。晃が泣く場面、分かってて敢えて気付かない振りをしてあげる文江の優しさが良い。

晃は文江になかば高圧的ともみえる態度をとるが(実際、最初にあからさまに無視をしてる)、こうした場面からも2人の関係性が子供の時から変わっていないことがよく分かる。この2人の関係性も好きだった。

晃の吉岡への一途な恋心はある意味予想通りの結末を迎える。思えば、映画冒頭のすれ違うロープウェイは2人の関係の行く末を暗示していたのかもしれない。

鑑賞後、劇場を出たら外は生ぬるい風が吹く夏の夜だった。一緒に映画を観た青年が煙草に火をつけてるのが目に入った。煙草の場面が多かったから吸いたくなったのかもしれない。何だかその光景が凄くさまになっていて、煙草を吸わない自分は少し羨ましさを覚えながら帰ったのであった。

【映画とは関係ない忘備録】

映画を観る前に、今池シネマテークすぐそばの「熟成豚骨ラーメン専門 一番軒 今池店」へ。今池はラーメン激戦区なので開拓していくのも楽しい(個人的お薦めは「まっち棒」)。

注文したのは「白豚骨味玉ラーメン」。クリーミーなスープにほどよい塩気が美味。

食べ終わった後も時間があったので、昼間の汗を流すために今池近くの銭湯へ行くことにした。ネットで検索してシネマテーク近くの「出口湯」さんへ。

「出口湯」は時代を感じさせる昔ながらの銭湯だった。有難いことに自分が行った時間は他にお客さんもいなくて貸切状態。汗を流してスッキリした状態で映画館へ。

出口湯はシネマテークからほぼ一本道なので、鑑賞前後に立ち寄れるのも良い。

【配信情報】

既に配信中となっている本作。劇場で観れない方は配信等でチェックしてみては。美しいし何より涼し気なので、避暑地ならぬ避暑映画として薦めたい。

尾道といえば、大林監督による「尾道三部作」が有名ですね。

須藤さんが晃のテーマソングとして挙げていたのが『君の名前で僕を呼んで』の「Mystery of Love」。本作にも影響を受けてるんだろうなと思ったり。


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