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中国の現代アートシーンを巡る(1)杭州

今回訪れたのは中国・八大古都の一つ、杭州市。都市のシンボルである西湖は、ユネスコの世界文化遺産に登録されており、湖畔から眺める美しい景観を求めて多くの観光客が訪れます。上海市から新幹線で45分の場所に位置する杭州市は、中国の大企業・アリババ本社を擁する経済都市としても大きく発展を遂げています。

西湖に浮かぶ遊覧船
(筆者撮影)


■BY ART MATTERS 天目里美術館

 BY ART MATTERS 天目里美術館は、コレクションを持たない、クンストハレ形式の現代アート美術館です。高級ブティック、(中国で最初の)蔦屋書店、飲食店、オフィスビルなどを含む複合施設「天目里」の一角にあり、パリのポンピドゥー・センターを手掛けたレンゾ・ピアノ・ビルディング・ワークショップが設計・建設、2021年に一般公開されました。

 館長は、イタリアのキュレーターであり作家でもあるフランチェスコ・ボナミ氏(1955-)。彼は、2003年のヴェネチア・ビエンナーレ、2010年ホイットニー・ビエンナーレのキュレーター、シカゴ現代美術館シニアキュレーター(1999-2008)などを務めた経歴があります。

(引用:https://www.byartmatters.com/space-and-architecture.html)


■「天目里」敷地内に設置された3つのパブリック・アート

リチャード・ロング(1945-、イギリス生まれ)《Boulder Line》

リチャード・ロング《Boulder Line》
(筆者撮影)

 リチャード・ロングは、木や石といった自然の素材を用い、自然環境に作品を構築する「ランド・アート」を代表する美術家の一人です。1960年代より、自然と人間との関係性をテーマとし、世界各地を「歩き」ながら、その土地の素材で円や線などの形を作った「痕跡」を彫刻作品としてきました。この手法は、従来の造形主義的な彫刻観に大きく影響を与えました。1989年にターナー賞、2009年に第21回高松宮殿下記念世界文化賞(彫刻部門)を受賞しています。

 《Boulder Line》は、天目里の庭園の中央に設置されている三十個の石の痕跡です。リチャード・ロングは、2度にわたって杭州市に足を運びながら石を選び、芝生を斜めに貫くように配置しました。この作品は、庭園に溶け込み、天目理の建築物や人びととも調和しています。

リクリット・ティラヴァーニャ(1961-、アルゼンチン生まれ)《Tea House》

リクリット・ティラヴァーニャ《Tea House》
(引用:https://www.byartmatters.com/site-specific-project/details-tea-house-336.html)

 タイ人のリクリット・ティラヴァーニャは、1990年代より、美術館やギャラリーでタイカレーやパッタイをふるまうパフォーマンスなど、鑑賞者とのコミュニケーションを重視した作品を発表し、アートの社会的役割を探求してきました。現在は、ニューヨーク、ベルリン、チェンマイを拠点に活動し、国際芸術祭「岡山芸術交流2022」では、アーティスティックディレクターを務めました。

 《Tea House》は、天目理にあるビルの屋上に、瞑想用の茶室として制作されました。この茶室は、天目里の各ビルの屋上にある茶畑と呼応しており、鑑賞者が室内で瞑想したり、おしゃべりをしたり、お茶を飲んだりできる空間になっています。中国の人びとにとってお茶を飲むことは重要な社交ツールの一つであり、また杭州市は、中国緑茶を代表する龍井茶の産地として知られています。(残念ながら、ビルの改装工事のため、茶室の外観しか見ることはできませんでした)

シアスター・ゲイツ(1973-、シカゴ生まれ)《SHOP LIFE/ART LIFE》

シアスター・ゲイツ《SHOP LIFE/ART LIFE》
(引用:https://www.byartmatters.com/site-specific-project/details-b1ock-367.html)

 シアスター・ゲイツは、治安と貧困の問題を抱える地域の空き家を買い取り、地元店から引き取ったレコードや書籍を保管・活用するなど、地域コミュニティの歴史を紡ぐアート・プロジェクトが高く評価されてきました。国際芸術祭「あいち2022」では、常滑・旧丸利陶管の住宅を、ブラック・ミュージック、ウェルネス、陶芸研究のためのプラットフォーム《ザ・リスニング・ハウス》へと変身させました。

 天目里の一角、メゾン・マルジェラ、ドリス・ヴァン・ノッテン、ラフ・シモンズなどのハイブランドが入るファッションビル「B10CK」の空間は、シアスター・ゲイツによってレイアウトされました。彼の絵画や陶芸、コレクションしたオブジェなどが空間に現れ、アートとファッションの可能性を提案し、訪れた人びとに「観る」ことと「買う」ことを楽しませてくれます。


■エルムグリーン&ドラッグセット個展 「After Dark」

 本展は、1995年よりアーティストデュオとして活動しているエルムグリーン&ドラッグセットによる、中国で二度目の個展です。

 エルムグリーン&ドラッグセットといえば、ナチスドイツに処刑された同性愛者を追悼する記念碑《Memorial to the Homosexuals Persecuted Under the National Socialist Regime》、ニューヨークの中心部に巨大なプールを直立させた状態で展示した《Van Gogh’s Ear》や、テキサスの砂漠地帯にプラダに模した店舗を常設展示した《Prada Marfa》など、現代社会をクィア(男/女の二元論的な身体や性的欲望の規範を批判する)的視点から鋭く捉え、既存の価値観を覆す作品を手がけてきました。

《Memorial to the Homosexuals Persecuted Under the National Socialist Regime》(2008)
(引用:https://www.koeniggalerie.com/blogs/public-projects/elmgreen-dragset-memorial)
《Van Gogh’s Ear》(2016)
(引用:https://www.koeniggalerie.com/blogs/public-projects/elmgreen-dragset-van-goghs-ear)
《Prada Marfa》(2005) 
(引用:https://www.pradagroup.com/ja/perspectives/excursus/prada-marfa.html)

 マイケル・エルムグリーン(1961-、コペンハーゲン生まれ)とインガー・ドラッグセット(1969-、トロンハイム生まれ)は、1994年、コペンハーゲンの「After Dark」というクラブで出会いました。「After Dark」のタイトルは、二人にとって個人的で親密な意味を持つと同時に、波乱に直面する人びとにポジティブなインスピレーションを与え、変化の可能性、未来への希望を呼び起こすものです。

 本展では、これまでの二人の手法-伝統的な美術館を劇場空間へと変える-と同様、美術館の展示空間をクラブへと変身させ、クロークルーム、入り口のサインボード、ダンスフロア、ステージを作りました。展覧会オープン直前には、エルムグリーン&ドラッグセットが主催するパーティーが同会場で開催され、地元の招待客とともにかつての「After Dark」の音楽と喧騒を堪能し、美術館に活気あるクラブシーンを構築しました。

(筆者撮影)
(筆者撮影)
(引用:https://www.byartmatters.com)

 注目すべきは、パーティーが行われた2022年11月、中国各地ではゼロコロナ政策に対する大規模な抗議デモが続いていたことです(翌月の12月下旬から規制は劇的に緩和)。政府は人びとが集うことを良しとせず、コロナ禍では多くのクラブやバーが閉鎖を余儀なくされました。

 エルムグリーン&ドラッグセットは、そういった場所を美術館に持ち込むことで、人間の直接的な対話や触れ合いを取り戻しました。彼らのパーティーは、芸術的実践による政治的抑圧からの解放を象徴しており、パーティーが開催された痕跡も作品の一部となって会場に残されました。「パーティー」という仮面を被った本展の随所には、ポストコロナを生きる人びとへのメッセージが、至るところに散りばめられています。

 会場には、宙に浮いて鑑賞者を見下ろす男《Whats’ Left?》、孤独に回転する犬《Social Media (Terrier)》、ステージにはウサギの着ぐるみを着て倒れた男《All Dressed Up》など、さまざまな彫刻作品が点在し、パーティーが始まるのか終わるのかも分からない、曖昧で不穏な状況が示されています。また、DJによる音楽ではなく、クラブの「裏方」の活動がミックスされた音-掃除する音や、次のパーティーのための点検の音など-が流れます。

(筆者撮影)
上:《Whats’ Left?》
下:《Social Media (Terrier)》
(筆者撮影)
《All Dressed Up》
(筆者撮影)

 本展に出品された《Bar After Dark》は、エルムグリーン&ドラッグセットが初期から取り組んできた《Queer Bar / Powerless Structures》シリーズの作品だと言えます。フランスの哲学者ミシェル・フーコー(1926-1982)の影響を受けた二人は、「構造」を再構成することで「権力」のあり方を撹拌させます。

 バーカウンターに設置されたビールの蛇口は外側に向き、スツールは空間の中に閉じ込められています。これは、見慣れたアイテムの機能を否定することで、社会の慣習や権力に抵抗するという彼らのクィアな試みの一つです。その背景には、「美術館」と「(ゲイ)バー」での経験が想定されています。彼らの意図は、「安心できる場所」と「疎外感を感じる場所」の両方が共存する可能性を模索することで、安心感・疎外感をもたらす場所の境界線について考えさせることです。

 中国では1997年まで同性愛は犯罪とされ、未だ残る差別・偏見が多くの人びとを苦しめています。言うまでもなく、中国において社会批判や同性愛に関わる表現は規制の対象となりますが、彼らのミニマルかつユーモラスな手法は、検閲をすり抜け、人びとに「問い」を投げかけることができるのです。

《Bar After Dark》
(筆者撮影)
《Queer Bar / Powerless Structures》(1998-)
(引用:https://www.dannywithlove.com/blog/elmgreen-and-dragset)


BY ART MATTERS 天目里美術館(杭州市天目山路398号)
https://www.byartmatters.com

「中国のアート・シーンを巡る」
Supported by :Suisei-Art < Art and Architeicure>
助成:公益財団法人澁谷学術文化スポーツ振興財団


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