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【Review】東京五輪 男子サッカー グループC 第1節 エジプトvsスペイン

国内外のサッカーに関する知見を蓄積するデータベースとして、Windtoshさんが運営されている「Windtosh's Cantina Project」。

今回、東京五輪・男子サッカーのレビューをアーカイブする企画として、「清水分析同好会」がスペイン代表の試合を振り返ることになりました。

現在エスパルスが取り組んでいるロティーナ監督のサッカーとの親和性を考慮して、私たちがスペインを取り上げることになったとのこと。
貴重な機会をいただいたことに、この場を借りて感謝申し上げます。

せっかくの機会なので、普段海外サッカーをほとんど見ていないのに大変恐縮ですが、まずはグループリーグ第1節のエジプト戦を見ていきます。

1.スタメン

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登録ポジションを信用すれば、エジプト:5-2-3、スペイン:4-3-3と表記できるメンバー。
ボールを保持するスペインに対し、ブロックを作ってカウンターを狙うエジプト、という構図が、スタメン表を見るだけでも十分に想定されます。

私がスペインに関して持っている知識は「バルセロナのペドリがすごいらしい」ということぐらい。各選手がどんな特徴を持っているのか、ほとんど知りません。
それでも、スペインの顔ぶれと所属クラブを見れば、相応の精鋭が集まっていることぐらいはわかります。この試合は先入観を持たず、フラットに観察しようと思います。

一方のエジプトは、国内リーグに所属する選手が中心で、それが逆に不気味さを感じさせます。

2.スタッツ

試合展開について触れる前に、この試合のスタッツを確認しておきます。

(スタッツ) ※出典:goal.com

スタッツ

FIFAランクでの比較が適切かという議論はさておき、直近のランク(2021/9/16現在)で比較すれば、スペイン(8位)とエジプト(48位)の対戦で上記のようなスタッツになることは容易に予想できます。

ただ、エジプトは、圧倒的にボールを保持されながらも、最終的にスペインを無得点に抑えて勝ち点1を獲得しました。
さらに、スペインの枠内シュート数5という数字も、エジプトが効果的なパンチを数多く打たせなかった証左であるとも言えます。

それでは、ピッチの中ではどのような駆け引きが行われていたのでしょうか。試合展開と併せて見ていきます。

3.試合展開

前半立ち上がり~15分過ぎまでは、スペインがボールを保持して多くの時間を敵陣内で過ごしながらもシュートに持ち込めず、エジプトもボールを奪って縦に速い攻撃を模索しながらも決定打が出せない膠着状態。
最初のシュートは、前半16分にスペイン・アセンシオが放つまで待たなければなりませんでした。

この試合の双方の立ち位置を、最も端的に示したのが下図。

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エジプトは敵陣でのプレスを自重し、プレス開始位置をハーフウェーライン近辺に設定。1トップのヤースル ラーヤンはそれほど守備をするわけでもなく、カウンターに備えて前線に居残ります。
エジプトの「5-4」ブロックに対し、スペインは2CBの持ち上がりから「5レーン」を活用した選手の配置とパスの出し入れで崩そうとしますが、エジプトは「ベタ引き」に陥ることなく組織立った守備で迎え撃ちました。

以下、エジプトの特徴的な守備隊形について見ていきます。

(1)エジプト代表の守備

スペインで最も脅威となるのは、私ですら名前を知っていたペドリ。
ライン間の狭いスペースでのプレーも厭わない、高い技術を持つペドリをどう封じるかは、エジプトの大きなテーマの1つだったと思います。

この解決策としてエジプトが採ってきたのは、左右非対称の可変システムでした(下図)。

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スペインの右CB・エリック ガルシアの持ち上がりに対して、エジプトは対面となるペドリへのパスコースを切るべく、中盤の3人(左SH・CH2人)が徹底的にスライドして門を閉じます。

一方で、エジプトの右SHの9番・モハメドは、他3人と比べると前への意識が強く、スライド等の勤勉性でも劣る傾向が見られました。
そこでエジプトは、中盤のチェーンが切れがちになる右CHの脇をケアするため、最終ラインから右CBの4番・ガラルが1列前に飛び出し、アンカー然と振る舞います。これにより、スペインの攻撃をブロック外(サイド)へ誘導します。

仮にペドリに縦パスが入っても、ここには左CBのハムディが目を光らせており、後方から激しく寄せて前を向かせません。

次に、スペインが左CB・パウ トーレスの側からボールを運んだ場合(下図)。

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前述のとおり、エジプトは右SHがそこに食いつきやすいのですが、彼の左斜め後方(中央寄り・ペドリ側)はCHがスライドして対応できます。

問題は、スペインが左SBを使ってきたケース。
エジプトは本来、右SHを向かわせたいのですが、スライドの距離が長くなるため現実的ではありません。
そこで、右WBのエル エラキが縦スライドし、右CBのガラルがSB化することで、穴を空けない守備を実現させました。

試合を通して4番・ガラルの状況に応じた判断の良さが目立ち、エジプトの無失点に大きく貢献した選手の1人だったと思います。

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ペナルティエリア近辺まで押し込まれた場合(上図)でも、中盤がプレスバックしてコンパクトな陣形を維持します。
エジプトは、最終ラインの高さではスペインの攻撃陣を上回るため、サイドからクロスを上げられる分には問題はありませんでした。

(2)スペイン代表の工夫

なかなかシュートまでたどり着けないスペインも、このまま黙っているわけにはいきません。
恐らく序盤でエジプトの右SH・モハメドの食いつき癖などを把握し、その反動を利用した攻撃を仕掛けます。

そのうちの1つが下図、左サイドのローテーションです。

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スペインの右サイドの攻撃は、SHのカットインとSBのオーバーラップが中心の、2者の関係による比較的シンプルなものでしたが、左サイドでは選手が入れ替わったりスペースに第3の選手が入ってきたりしながら、相手を動かしていきます。

左IHのセバージョスがモハメドの脇に下り、左SBのミランダが高い位置を取ると、前述したエジプトの可変システムを逆手に取る形で、4番・ガラルの後方にスペースができます。
こうしたスペースを突く攻め筋が何度か見られました(下図)。

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また、スペインは縦パスの落としをCHの背後でIHが前を向いて受け取る形(いわゆる「レイオフ」)も何度か使用(下図)。
下図の場面では、アンカー役のメリーノがブロックの外を横方向にドリブルして相手CHを釣り出し、中盤のラインに穴を空けています。

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こうした縦横の動きを繰り返されると、さすがにエジプトの守備にも綻びができてきます。
スペインの前半最大のチャンスは、左サイドで相手を揺さぶり、素早くパスを交換しながら、ペナルティアーク付近でスペースを得たセバージョスのミドルシュートがポストに跳ね返されたシーンでした。

このように、スペインが左サイドからエジプトの守備陣を攻略していく様は、ヒートマップ(下図)からも確認できます。

(スペイン代表 ヒートマップ) ※出典:goal.com

ヒートマップ(スペイン)

(3)エジプト代表の攻撃

エジプトが攻撃に転じるシーンはそれほど多くなかったのですが、狙い筋はあったように見えたので、そこにも触れておきます。

まず、ビルドアップでは、3CBが大きく横に広がりWBを押し上げます。
同時にSHがサイドの高い位置を取り、外→外のルートでボールを運ぶ場面や、CBからダイレクトにSHを目がけてロングボールを入れるケースが目立ちました(下図)。

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選手同士のポジションチェンジなどはほとんどなく、リスクを冒さないことを重要視していたように見えます。

一方、スペインのボール非保持時の陣形は4-4-2。
オヤルサバルがサイドを限定しながら追い込み、ペドリが後方のパスコースを切りながら激しく寄せていくのが印象的でしたが、ファーストディフェンダーのクオリティには両チームの間で歴然とした差があり、この差が守備の効率性に影響していたと思います。

次に、カウンターの局面。
守備の網を張る中盤でボールを引っかけて、攻撃に転じた場合は、前に残っているCFやSHに一旦ボールを当てて時間を作り、その間に同サイドのWBが縦に追い越す形が頻出しました(下図)。

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エジプトのSH(ソブヒ・モハメド)が、両者ともガッチリした体格のボールがよく収まるタイプだったのは、カウンターの基点としての役割を期待していたのでしょう。

また、エジプトは最終的に敵陣ペナルティエリア付近までたどり着いても、ゴールを目がけて飛び込んでくるのはCFと逆サイドのSHのみ。
最小限の手数で、リスクを避けながら効率良く得点したいエジプトの狙いがよく表れていたように思います。

4.感想

(1)試合全般

スペインは試合中に怪我人が相次いだ(ミンゲサ・セバージョス)こともあり、ややペースを掴めずにいた感がありましたが、前半にコツコツとボールを動かし、後半もサイドを大きく変える展開を織り交ぜて相手を揺さぶったことで、エジプトがガス欠気味となった後半はゴールに迫る場面も多く作れていました。
しかしながら、スペインは絶対的なストライカーや爆発力を持ったサイドアタッカーがいなかったのも事実で、ボールをゴールに押し込むところでの最後の一押しに欠ける印象が残りました

エジプトにとっては、とくに後半は劣勢を強いられながらも、60分過ぎの3枚替えなど思い切った手段で守備の強度を辛うじて保ち、引き分けに持ち込めたのは、その後につながるポジティブな結果だったと思います。
強いていえば、もう少し攻撃でリスクを取ることができたら、またトランジション(攻→守、守→攻)が整備されれば、面白いサッカーが見られるのではないかと思いました。

全体を通じて、アンダーカテゴリーの代表としては想像以上に組織的なサッカーが展開されていて、世界的に守備のスタンダードとなるレベルが高まっているのを感じました。
とくにスペインを支える2人のCB(エリック ガルシア、パウ トーレス)が攻守ともに非常に高い総合力でチームに安定感をもたらしていたのを見るにつけ、現代サッカーにおけるこのポジションの重要性を改めて認識させられました。

(2)ロティーナエスパルスとの比較

最後に、冒頭のテーマにあった通り、ロティーナエスパルスと比べて考えてみます。

全体を通して自分が思ったのは、スペインのサッカーの本質(思想?)は「合気道」に通ずるものがあるのではないか、ということ。
自分たちの力を押しつけるのではなく、相手の力を利用してゲームを制するという考え方です。

とくに、ボール保持の局面で、相手のプレスが向かって来る「矢印」を利用してボールを前進させる場面であったり、合理的な立ち位置やボールの捌き方で相手のプレッシャーを無力化するやり取りに、そうした考え方の片鱗を感じました。
それが結果として、無駄な力を使わずに効率良く攻撃・守備をすることに繋がっていくのだろうと解釈しています。

サッカーの場合、相手の力を利用するには、局面を1vs1で考えるのではなく、複数vs複数で対応する前提が必要です。
スペインの選手たちは、恐らく幼いときから自然に、チームメイトのポジションやボール保持者の状況を把握しながら立ち位置やプレーを選択する習慣がついているのでしょう。
スペインやメキシコを起点に、ポジショナルプレーをベースとしたサッカーが広がっていくのも、わかる気がします。
そして、それは同時に、日本が今後突き詰めていくべきサッカーのヒントではないかな、とも思います。

ロティーナ監督のサッカーにも、上記のような哲学が反映されているのを感じます。
そして、スペインのサッカー観を基盤にしながらも、相対的に規模の小さなクラブを率いる中で、どうすればチームを「勝利」に導けるかを突き詰めてきたのが、彼なりの「持たざる者のサッカー」ではないでしょうか。

ゾーンを基調としたディフェンスや、クロスの多用、トランジションの機会を減らすという考え方も、チームスポーツであるサッカーの性質を踏まえた上で、彼のアレンジを加えたもの。そう考えるとしっくり来ます。

資本力を背景に良い選手を集め、個の力で相手をねじ伏せる。そんな戦い方ができれば簡単ですが、経済力のないプロビンチャではそうはいきません。
エスパルスがある清水も、サッカーを愛する土壌こそありながらも、経済規模でいえば全国でも弱い立場にあります。
だからこそ、「柔よく剛を制する」、そんな「しなやかで強い」チームでありたい。今回振り返ってみて、改めてそう思いました。

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