𝙀𝙨𝙘𝙖𝙥𝙚 𝙛𝙧𝙤𝙢 𝙏𝙤𝙢𝙤𝙧𝙧𝙤𝙬.

　舞浜駅へ行く道中、車窓から薄暗い霧を見た。
　田んぼと家屋の上に重く灰色の雲がのしかかり、目を凝らそうとすれば反射した私と目が合う。

　私は思い返していた。
　去年の8月末。あのときもまた、舞浜駅へ向かっていた。

　ディズニーランドへ最後に行ったのは小学３年生の頃、ちょうどハロウィーンの季節だった。
　入念にガイドブックを読み、乗りたいと思うものにひとつひとつ付箋を貼るのが当時の私の仕事だった。

　私は長い間、ディズニーランドを嫌悪していた。
　浮かれたカップルが高い金を払い、列に並ぶことを道楽と興ずるみっともない場所だと思った。なにより、希望しか見せない夢の国というものを酷く嫌った。

　去年の8月末。19になった歳のことだ。
　地元の予備校の友達に誘われてやっと、そこへ行く気が湧いた私ははじめ金を払うことさえ躊躇った。おまけにミラコスタに宿泊する予定を立てていたからだ。
　しかしパークを目の前にすれば、もう後戻りは出来なかった。

　ディズニーランドの地を踏めば、
　私はまたしても思い起こされる。

　駐車場に降り立ち浮かれていた小学生の私のこと。
　アリスのレストランで、ハートの女王を怖がっていた姉のこと。
　モンスターズインクのアトラクション近くにあったポップコーン屋で母親が買ってきてくれたバケットが高かったこと。
　
　記憶は断片的だが、
　私は不思議に、くじらが大きく口を開けた雑貨屋さんのことを強く覚えていた。
　母親にLINEをしてみると、
　そのくじらというのは、当時の幼い私が唯一乗れるエリアにあった雑貨屋なんだと言う。

　ピースがはまっていく感覚がした。

　私は、過去に私が散りばめたまま忘れていった記憶をひとつひとつ、拾い集めている。ひとつも漏れがないように。

　夢の国だと思った。

　私は、幼い私を追っている。
　幼い私が母親の後を楽しそうに廻るのを、
　落ちないように、ただじっと注意深く見る。
　幼い私と、19の私は決して目が合わない。
　私は背ばかりを見ている。
　しかしそれで良いと思った。
　彼女が落としていったものを、ただ後ろから拾い集めるだけで良いと思った。

　明日。私はまた、彼女の幻影を追うだろう。
　そしてまた、その影を追った19の私を追う。
　きっと何処かに記憶が落ちている。
　私はそれを丁寧に丁寧に拾い集め、また何かを落としてみせたい。
　そして、次の私が拾うのをただじっと待っていたい。

　私はきっと振り返る。
　未来の私を見ようと振り返る。
　しかしきっと、姿は見えない。
　目を凝らしたとき、
　私はやっと、追っていた背を見失ったことに気付くだろう。

　私はまた、思い返していたーー。