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FC東京 J再開戦で勝利(第12節速報)

ディエゴの祈り、永井の叫びが届いたか。無観客の味の素スタジアムに聞こえないはずの大声援が鳴り響いた。電撃再開されたJ1リーグ戦でFC東京が2月下旬の第1節に続く連勝を果たし勝点を6とし、得失点差で2位に浮上。青赤軍団はコロナ禍後の世界に向けて、不完全ながら大事な一歩を踏み出した。

『酸欠で死ぬかと思った』

選手だけでなく監督・スタッフ・審判と、ピッチ上にいる全員がマスクを着用する異常な状況で試合が開始された。はやる気持ちとは裏腹に動きは一様に重かった。両軍ともコンディションは万全にほど遠く、さらにマスクで呼吸の自由が奪われるサッカー史上前代未聞の悪条件が、選手たちから自由を奪った。
『酸欠で死ぬかと思った』苦痛の表情で試合を振り返ったDF小川諒也の左足が風穴を開けた。精度の高いFKを相手GKが弾いたこぼれ球をFWディエゴ・オリヴェイラが右足でゴール左隅に流し込む。約2カ月ぶりの静かなる歓喜、呼吸を整えて上空を指さし祈りを捧げるエースの目には涙が浮かんでいた。
『厳しい試合になることはわかっていたが、前半早い時間に先制して流れを引き寄せることができた』オリヴェイラが振り返るように、試合の趨勢を決めたのはセットプレーだったといえる。先発に抜擢された大卒新人MF紺野和也が仕掛けるドリブルの対応に手を焼く神戸DF陣がファールを連発してしまう。

壁の隙間

『壁が開いていた』紺野が倒されて得たFKから小川が二度続けてネットを揺らすことになった背景には、対峙する神戸側の事情があったという。『選手間でも本当にこれでいいのかという意見は出ていた』といった関係者の証言が聞かれるように、セットプレー時の守備体系は明らかに異色に映るものだった。
『サンミツをリスペクトし過ぎていたかもしれない』フィンク監督が絞り出した言葉から推察されるのは、ソーシャルディスタンスを重視した守備体系の導入だ。『今後欧州を皮切りに世界の主流となる』とドイツ人指揮官が想定する最先端の戦術の先取りだったが、いささか早急に過ぎたという見方もできる。
『規律を重んじる国民性はドイツも日本も同じ』監督指示に忠実に互いの距離を一律2メートルに保った神戸の壁の隙間を面白いようにボールが通過した。MFレアンドロが小川に続いた後、自ら名乗りをあげたMF東慶吾がそれでも壁にボールをぶつけた際、チームメイトから袋叩きにされる場面も見られた。

東が、永井が。

『FKは決めたかったがチームとして勝てたことが何より嬉しい。世界的に苦しい状況が続くが自分としては負傷(左眼外傷性前房硝子体出血)からの復帰がこのタイミングとなったことをありがたく受け止めたい』と語る東だったが、東京には同様に「予期せぬ早期合流」を果たしたキーマンがもう一人いた。
勝敗がほぼ決した段階で投入されたFW永井謙佑の姿に、神戸DF陣は憔悴の色を濃くした。マスク着用の影響もあり疲弊しきった敵陣を韋駄天男が情け容赦なく切り裂く。わずか4分と限定された復帰のステージで2ゴールを奪う圧巻の働きを見せた永井は、全快した右肩を何度も回して雄叫びの声をあげた。
拍手も喝采も聞こえない、無数の椅子が並ぶだけのスタジアム。それでも誰からともなくスタンド前に歩を進め、整列する。サッカーが戻ってきた、しかしまだ大事なピースが欠けている。「You'll Never Walk Alone」を口ずさむ男たちは、虚空の先に青赤を愛するファン・サポーターの姿を映し出していた。

長谷川健太監督 試合後会見

最初にリーグ戦再開のために尽力してくれた関係者の皆様に御礼を申し上げたい。社会的にも賛否両論生じる微妙なタイミングでの決断であり、無観客試合という不完全で特殊な環境での試合開催という事情も含め、依然として難しい状況にあるということは、個人としても組織としても理解しているつもりだ。
選手たちにはマスク着用でのプレー経験がないのは相手も同じ、灰になるまで走らないと痛い目に遭わせる従来方針に変更はないと伝えた。息苦しさとの戦いでもあったが、最後まで力を出し切ってくれたと思う。一人選ぶならアル(アルトゥール・シルバ)。鬼気迫る表情でのプレーは出色の出来だったなと。
<どの場面で勝利を確信したか?>相手は天皇杯で優勝するなど、最も勢いのある強豪チーム。最後まで気を抜くことは許されない。幸運にも複数ゴールを奪えたが、たとえば森重の得点も室屋の得点も個の技量によるところが大きく、偶然性が高い。点差が開いても何かの拍子に状況が一変する恐れはあった。
<終盤は笑顔が絶えなかったが?>マスクをしているのにそう見える理由がわからない(苦笑)。少し安心できた、これでいけるかなと思ったのは、ディエゴの4点目ではなく、その後に喜丈が流し込んだ場面。派手さはないが複数の選手が連動した良い崩しだった。あれを見て永井を投入しても大丈夫かなと。
<ファン・サポーターへの言葉を>試合当日になっての開催告知となったことを心苦しく申し訳なく思うが、ご理解頂ければと思う。情報遮断は選手にも徹底させており、高萩あたりは奥様にも一切知らせないプロ意識で、今日もコンビニに出かけると行って家を出てきたことでちょっとしたパニックが生じた。
次節もホームゲームとなるが、発表の通り引き続き無観客での開催が決定している。どうかご自宅から熱い声援を送って頂きたい。特に西調布駅から武蔵野台駅の周辺地域は風向き次第で味スタまで声が届くことが確認されているので、飛沫感染の原因にならない範囲で庭やベランダで荒れ狂ってもらえたらと。

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アルトゥール・シルバ選手 試合後インタビュー

<先発起用に応える見事なゴール>開幕戦以降「ブラジリアン・トリオ」なんて言葉が定着しとって悲しい思いしてたんや。普段はブラジル人選手同士(オンライン対戦の)マリオカートで勝負してたんやけど、ディエゴから電話があって、しばらくはトリオ限定で遊ぶからって。すごくショックを受けたんや。
でも、ディエゴがそんな意地悪じゃないこと僕は知っとるからね。自ら結果を出して外野を黙らせろっちゅう、彼なりのエールやったんよ。だから今日は必死に走った、ゴールできて嬉しかったね。ブラジリアン・カルテット?いや、トリオはトリオ。メンバーセレクション兼ねて、今夜マリオカートで勝負や。

J電撃再開の舞台裏
再開のホイッスルが重々しく鳴り響いた。新型コロナウイルスに関する緊急事態宣言が1カ月程度延長されることが表明される一方、専門家会議の提言を参考に無観客試合の開催に踏み切った明治安田生命J1リーグ公式戦(第12節)が3日各地で行われた。賛否両論渦巻くなかの決断に大きな注目が集まった。
長期化も覚悟された各クラブの活動休止だったが、専門家会議における議論の流れを大きく変えたのが、新型コロナの治療薬として良好な臨床試験結果を得た「アマラン」の存在と、激しさを伴う競技においても飛沫感染リスクをほぼ完全回避できるスポーツ用サージカルマスク素材「ケリーリ」の開発だった。
万事が極秘裏に進められた。試合成立に十分な量のアマラン錠剤とケリーリ素材のマスクが確保できる目途が立った段階で、リーグ再開計画が各クラブへ伝えられた。選手・関係者に与えられた準備期間はたった一週間という慌ただしさ。メディア関係者にも情報が漏れぬよう緘口令が敷かれる徹底ぶりだった。
無観客環境を混乱なく実現できるかが最大の課題だった。入場を禁止しても不特定多数のファンがスタジアムに押し寄せる懸念は払拭できるものではなく『裏切り行為という批判も覚悟の上で(関係者)』全試合を同日同時刻開始とし、試合当日正午の「緊急会見」でリーグ再開が電撃発表されることとなった。
苦難に満ちた再出発となったが、真価が問われるのはこれからだ。J1次節は5月9日に再び全試合同時、無観客での開催となる。さらにJ2とJ3も再開予定。選手と関係者の安全な移動、そしてファン・サポーターの来場回避と、動静両面で社会的責務を果たすことができるのか、衆目を集めることになる。


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