【研究ノート】日本における有機栽培農業の展開戦略①
アメリカにおける2020年のオーガニック商品の市場規模は、600億ドルを超え、うち青果が182億ドルを占めている。これは有機以外の農作物を含む青果市場全体の15%以上であり、アメリカ国内で有機栽培の野菜果物が定着しつつあることを示唆している。
世界的にも、有機食品市場は10年で2倍になるなど、近年急激に成長をしており、環境問題の高まりとともにさらに拡大してくことが予想される。
一方、日本国内での有機農業の栽培面積は、2018年時点で全体の0.5%程度であり、有機食品の市場規模も推定で1,850億円程度と、世界のそれに比べて大きく立ち遅れている。
政府も2050年までに有機農業を農地全体の25%に拡大する計画を策定し、世界的な潮流に歩調を合わす姿勢を示しており、これからの日本の農業における大きな変化要因となることが予想されるが、まだまだ先行きが不透明な状況である。
日本において有機農業が展開していく条件、あるいはそれを阻害する要因とは何なのか。そして、それらを鑑み、今現場の農家がなすべき対策とは何なのか。
ここではこの点を考察していきたい。
▼有機農業が儲からないのはなぜか?
「市場が未成熟」というのが最大の原因だが、ここには生産者、消費者はじめ、有機農業が定着しにくい数多くの要因が複雑に絡み合っている。
1)栽培難易度の高さ
年二回の多雨期があり、高温多湿な日本の気象条件下では、病害虫の発生が多く、農薬が不可欠だ。比較的高地にある冷涼な地域であれば、無農薬栽培も比較的容易だが、その条件に合う農地は少ない。
日本のあらゆる地域で適用可能な有機栽培手法は確立されておらず、それゆえ生産量も品質も不安定にならざるを得ない。下手をすれば、労力だけが増えて収量が全く出ないということもありうる。
慣行農法でさえ気象条件によって収量が大きく変動するのに、そこからさらに収量が落ち込むとなると、安定した生産基盤を作ることは事実上、不可能となる。
慣行栽培農家もその点は熟知しているので、「無農薬栽培」という考え方そのものに懐疑的で、「慣行栽培よりも確実に売上が伸びる」というような強いインセンティブが働かない限り、有機栽培への転換はない。
2)流通販売システムの未整備
日本の青果流通には、品目ごとに大きさや形等、厳格な規格基準があり、この規格から外れる野菜は市場流通しにくい事情がある。
直売所、産直、ネット販売等、農家が自らの規格基準で販売できる販路もあるが、全体から見れば小口であり、売上額も小さい。
農作物の単価は低く抑えられがちであるため、売上を伸ばすには、相応の数量を販売しなければならないが、有機栽培に対応した流通販売システムがまだまだ未成熟なため、慣行農業のような大規模栽培、一斉収穫一斉販売という営農スタイルをとれない。
現状、「小さく作って小さく売る」という方法しかなく、それでは安定した生活基盤を作るのは難しい。
3)有機食品に対する消費者意識の低さ
1人あたりの年間有機農産物消費額は、最も高いスイスで274ユーロ、アメリカで121ユーロ、そして、日本では8ユーロとなっている。
この統計から、明らかに日本人の有機食品に対する認識は低く、購買意欲が弱いことがわかる。
日本人は「同じ値段であれば見た目のきれいなものを選ぶ」という消費者意識が強く、有機農作物を推進するのであれば、見た目以上の効用をPRする必要がある。
農作物そのものの安全性等だけではなく、それを消費することによる環境負荷の低減等、消費者に訴求する余地は大きく残されている。
以上の点から、現在の日本の有機農業は、一部農家有志が、有機栽培に対して高い意識を持つ消費者向けに自ら栽培した農作物を直売するという段階のまま停滞しているのが現状だ。
有機農業が全国的に普及し、一般小売店に一定規模の有機野菜販売コーナーが常設され、消費者が有機農作物を毎日一定量購入し続ける社会が果たして実現するのか。
あるいは既存の日本の生産流通販売形態とは全く異なる、新たな有機農業の生産販売モデルが生まれるのか。
次にこの点を考察していきたい。