【研究ノート】日本における有機栽培農業の展開戦略②

▼有機農業推進のための二つの道

有機農業を推進するという課題を掲げた場合、その方策は二つあると思われる。

つまり、「大きくやるか」「小さくやるか」だ。

前者は、政府や全国組織が、有機農業の諸々の基準(栽培法や農業資材の使用基準)を定め、その条件をクリアしたものに認証を与え、流通販売にまつわる各種プラットフォームを整備し、消費者意識を高めるPRを行い、その拡大を目指すという方法だ。

つまり、全国一律で大々的に展開するという方式。

一方後者は、農家が個人もしくはグループで独自の有機農業の基準を定め、自分たちの商品を購入してくれる消費者を囲い込み、その販売網を徐々に広げていくという方法となる。

両者とも、「有機JAS認証制度」「自然農法の野菜セット直売」等で、すでにはじめられている。

ただ、どちらも一般的に広く普及しているとは言い難く、現状、慣行農法で栽培された農作物が市場を介して取引されるのが農業界の通例だ。

有機農業を拡大するには、1)安定した収量や品質を維持する有機栽培手法の確立、2)消費者の購買意欲を高める何らかの工夫が必要だが、それらに対して決め手となる戦略がないのが現実だ。

生産を安定させ、消費を拡大していく具体的な戦略がなければ、日本において有機農業が拡大していく道はない。

▼有機農業で「新たなコミュニティ」を形成することは可能か?

ここでは後者の「小さく有機農業を広げていく」という視点から、新たな展開戦略を考察してみたい。

まず、有機農業は大規模化に向かない。

これは、ひとたび病害虫が発生すれば圃場全体に拡がってしまうことや、単一作物の連作は土壌を傷め、病害虫の発生を誘発するなど、さまざまな理由がある。

また、隣接農地に慣行栽培圃場があれば、両者にとって不利益な対立や確執を生んでしまう危険(農薬や害虫、雑草種の相互飛散など)があるため、栽培する場所の地域性も考慮せねばならない。

以上から、有機農業に適しているのは、慣行栽培農家の少ない中山間地など耕作条件の悪い地域となってしまい、そこで小規模に多品目を輪作しながら営農していくというのが基本線になるだろう。

が、これは生産効率から考えれば、「最もやってはいけない営農」だ。

中山間地での農業経営が行き詰っているのは、まさにこの生産効率の悪さが主因であり、採算性を考えれば有機農業も同様の壁に突き当たるのは目に見えている。

そもそも、生産効率の悪い有機農業を慣行農業と同じ土俵で勝負させること自体に無理がある。

「見た目のきれいな野菜をいかにたくさん作るか?」という競争では、有機農業は慣行農業に勝てない。

ならば、有機農業独自の土俵を新たに作れば良い。生産、流通、販売、それに付随する事業すべてを網羅するシステムとして、だ。

これは有機農業を核とした一種の「経済的コミュニティ形成」と言える。

▼「有機農業コミュニティ」その具体的なデザイン

では、そのコミュニティとして、実際どのようなものが構想可能だろうか。

まず、有機農業について熟知した熟練農家と、その農業を実現可能な圃場環境が必要だ。

耕作放棄地で溢れる過疎地であれば、集落の農地全体を一つの有機栽培圃場にしてしまうことも可能だ。

次に、その農家の生産した農作物を買い支える消費者グループが必要だ。

その生産者の栽培方針に協賛しつつも、消費者自身も栽培や収穫物についてさまざまな要求を出す。売る側・買う側という既存の生産者・消費者関係ではなく、対等な関係でコミュニティを発展させていく仕組みを作る。

その二者関係を軸にして、ただ米野菜を生産するだけでなく、畜産や加工、オーガニックレストラン、直売所、ECサイトの構築等、関連する事業を6次的に展開していく人材を発掘し、育成していく。

つまり、「有機」をテーマとする個人事業主が住民として集う「村」を創っていくイメージ。

こうすることによって、農作物の直売だけでは不安定な生活基盤を相乗的に強固にし、新たな人材の獲得や後継者の育成を容易にしていく。

無論、簡単な話ではなく、一つ一つの事業を担う人材に求められるレベルは相当高い。

自ら資金を集め、事業プランを考案し、実施し、軌道に乗せる。このような起業活動ができる「独立自営」を信条とする人材でなければ成立しない。

日本における農村共同体は少子高齢化、過疎化によって今や瀕死の状態であるが、それを再生させるという意味においても、「有機農業」は期待値の高いテーマだ。

合理化された経済社会の人間関係は雇用関係はじめ無機的だが、まさに「有機的な人と人との繋がり」の「新しい形」を創造することで、全く別の社会領域を切り拓ける可能性がある。

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