【研究ノート】中山間地における持続可能な営農とは?【4】

▼『パズル営農』の可能性

農業もビジネスである以上、市場におけるシェアを上げ、競合他社を引き離す独自の技術や商品の開発ができなければ、経営の優位性を確保できない。

だが、農業分野において、それは現実的な経営戦略とは言えない。

一つの経営体で、ある品目の全国シェアの○%を握るというのは不可能だし、それを可能とするような技術や商品などないからだ。

消費者側から見て、「車はあのメーカーの○○ばかり乗っている」はあっても、「キャベツはあの生産者の○○の品種しか買わない」はない。

この時点で、農作物市場における優位性の確保は、低価格の農作物を大量に市場に投入することで他の生産者をコスト割れに陥れ、駆逐することでしか達成できない。

そういう意味において、外国産の安い農作物が日本の農作物市場を席巻するようになれば、もはや日本の農家には為す術がないということになる。

耕地面積や人件費、資材費等、コスト勝負において圧倒的に日本は不利だからだ。

以上の事情から、「大きな市場」において優位性を確保する経営戦略には限界がある。いくら農地を集約・効率化し、大型機械を導入しても、それ以上の大規模をされてしまえば逆に淘汰されてしまう。

ならば、「小さな市場」ではどうだろうか。

海外の農作物が大量流入したとしても、国産で勝負できる市場。

あるいは、生産性で勝負をしなくても生き残れる市場。

例えば、鮮度が要求される葉物類や日本固有の果樹などは、生産性以外の部分、流通の迅速化やネット販売の強化などで活路を見いだせる。

中山間地における営農戦略も、同じように「自分に合った小さな市場をどこに見つけ、そこで独自の優位性を確保できるか」にかかっている。

例えば、中山間地でありながら、地方都市に隣接し、スーパー内産直や直売所が多く存在する地域。

消費者は安くて鮮度の良い農作物を求めているので、これら売場の需給情報を熟知し、季節ごとに品薄になる品目を効率よく小規模に栽培していけば、市場に流通させる以上の利益を上げることが可能だ。

が、ここでは売場ごとの「いつ何がどれだけいくらで売れるのか」の情報に合わせて栽培計画を作り込んでいくという、非常に煩雑な作業が必要とされる。

当然、他農家との競合や価格の叩き合いもあるから、それらを勝ち抜く戦略も必要だ。

これは「大きな市場に収穫物すべてを投入することを前提に生産性を高めていく」という既存の営農手法ではなく、「自身がターゲットとする小さな市場の需給状況に合わせて生産性を調整していく」という新たな営農手法となる。

これを便宜的に『パズル営農』と呼称する。

季節ごとの売場の情報、不足する品目、生産可能な品目を勘案し、それら要素をパズルのピースとして見立て、「何をどれだけどう作るか?」の全体図を組み上げていく。

もちろん、最適解は易々とは見つからない。農業を取り巻く環境変数は常に変動し、事前の計画通りに物事が進むとは限らないからだ。

そうであっても、その変化を新たなピースとして考慮し、そこからさらに全体図を再構築していく。

これを延々と繰り返していくのが『パズル営農』だ。

パズルの名のごとくこれには相応の知的戦略性が求められるため、簡単に真似することはできない。

ゆえに、高度に洗練すれば、その小さな市場において圧倒的な優位性を確保することができる。

農業は、活用可能な労働力、資材、農地等で生産性が決まり、生産性が高ければ勝ち残れるというイメージがあるが、市場が成熟し、飽和状態にある現代、生産性の向上とは異なる新たな土俵で勝負できる営農方法を模索すべきだろう。

そういう意味において、既存の営農手法に囚われない実験的な試みが可能な中山間地は、逆に優位な営農環境だと言える。


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