有機農業は、日本農業の分断と対立、危機を乗り越えられるか?

世界的な環境保護意識の高まりとともに、有機農業や低環境負荷農業が注目されているが、国内における有機農業の展開は、まだまだ不透明な情勢だ。

そもそも、環境保全と経済活動には、数多くの対立的要素があり、「どちらかを立てれば、他方が成り立たない」という事態も多い。

当然、そのような対立を抱えたまま無理に有機農業を推進すれば、その対立が先鋭化し、いずれどこかで両者ともに破綻する危険もある。

ここでは、有機農業や環境保護における「分断と対立の問題」に焦点を当て、それらをいかに克服し、発展性のある未来の日本農業を構築していけるかを考察する。

1) 慣行栽培農家の感情的反発を引き起こす、反農薬にまつわる言説

主にインターネット上での反農薬言説の流布と、それに対する慣行栽培農家の過剰反応、両者の対立はしばしば起こる。科学的根拠のあるなしとは無関係に、それらは感情的応酬を巻き起こすだけで、建設的な議論になることはまずない。

ここには「食の安全」に対する過剰な傾倒が、慣行栽培農家の神経を逆なでするという負の図式が見て取れるが、一般消費者から見れば不毛な水掛け論であり、そこから食や農業への理解が深まることはない。

日本の農業は、天候や地理的な事情から農薬の使用量が多くなってしまう実情があるため、しばしば海外の産地との比較から、「安全ではない」と指摘されることが多い。

有機農業を推進するためには、農薬使用を減らすことが必須条件となるが、議論の土台作りの時点で感情的対立が発生してしまうようでは、それについての建設的な議論をすることは不可能だ。

まずは日本の農業の実情を理解した上で、「一体どこまで農薬を減らせるのか? それによって増加する労力負担や生産量低下の代償を販売価格に上乗せすることができるのか?」について、現実的かつ前向きな議論ができるテーブルを作ることが必要だろう。

減農薬によって作られた農作物が消費者に支持され、適切な価格で販売され、慣行農業よりも営農しやすくなる。

このような成功モデルが数多く現われてこなければ、有機農業の広がりは見込めない。

2) 生産性を最重視してしまう日本の農家の経営感覚とその矛盾

日本の農業は、生産性と品質を第一に考える。それは単純に、市場価値の高い農作物をより効率良く多く作れば、それだけ利益が上がるからだ。

これは農薬や化成肥料の使用量を減らせない一因となっている。

「有機農業の方が儲かるんだったら、そっちに変える」という慣行栽培農家は多いだろうが、実際のところ有機栽培農家の経営水準は慣行栽培農家のそれに遠く及ばない。

ただ、販売価格の低迷や資材費の高騰など、「生産性を上げれば儲かる」とは必ずしも言えない事態が発生しており、この先「生産性を重視するのであれば、小規模な家族経営こそがそもそも非効率な営農」として時代に淘汰される可能性もある。

今後、「生産性第一主義」ではなく、市場の需給バランスを考慮した、無駄のない柔軟で効率の良い経営方式が主流になることが予想されるが、それは究極的に突き詰めれば大企業による合理的営農であり、そのような時代の変化に既存農家がどう対応していくのかが今、問われている。

そして、そんな時代にあって、有機農業は生産効率至上主義という市場経済の隙間を埋める存在になりうるのか。そこに新たな市場を開拓できるのか。そこが問われている。

3) 消費者の環境意識をどう啓発していくべきか?

「環境問題はどうすれば解決できるか」

ここには明確な解答がない。過度な再生可能エネルギーへの依存はエネルギー危機を引き起こすし、そもそも「脱炭素は本当にエコなのか?」という問題もある(環境保護を名目にしたビジネス、例えば太陽光発電が逆に自然環境を破壊するなど)。

「わからないから、極論へと走ってしまう」

これは間違いなくあることで、環境変動に対する不安が「○○反対!××禁止!」という過激な環境保護意識に一部の人々を駆り立ててしまう。

環境問題を巡るこのような分断と対立を乗り越える方策はあるのか。

まずは、「自然というもの」を深く考える機会が必要だろう。

自然は、調和と多様性によって成り立っている。

バランスが崩れればすべてが瓦解し、多様性がなければ自然足りえない。

分断と対立は、社会に無用な混乱と闘争を引き起こし、調和と多様性を破壊する「反」自然的な人間的行為だ。

その点を各人が考えることによって、自ずと自然のあるべき姿が見えてくるはずだ。

「自然に触れ、自然の摂理を理解し、それを自らの実生活に取り入れていく」

こういう自然体験や自然学習ができる場や機会を作るのも、有機農業の大きな役割だろう。


4) 有機農業が、食料生産以上に切り拓く新しい市場

生産効率や経営合理性を最重視するのであれば、大企業主導の全国規模の営農システムを再構築するのが最善手だ。

が、日本の農業には経済的役割だけでなく、農村の伝統や景観保護という非営利的な役割もある。

もちろん、それらを放棄したところで経済的損失はない。

問題は、有機農業が今後展開可能なフィールドして「農村」を活用できないかということだ。

先に挙げた、自然体験や自然学習もその一環と言える。

最大限に効率を上げた企業型営農と同じ土俵で、小規模で生産効率の悪い有機農業が張り合う必要はないし、やったところで勝ち目はない。

ならば、有機農業独自の市場を切り拓き、そこで新しい経済を循環させ、持続可能な村落営農モデルを作っていけば良い。

畜産業や教育、福祉、観光との連携、手作り加工品、飲食店、民宿等、アイデア次第で6次化展開できる事業は多いはずだ。

もちろん、これは容易な話ではない。

その主軸となるのはまさしく有機農業であり、それが本当に消費者から見て「価値あるもの」として成熟していなければ経済活動として成立しない。

いかに担い手が高度な知識や技能、アイデアや事業展開力を発揮できるかが厳しく問われるわけだ。

逆に言えば、それを可能とする人材が多数出てくることが、有機農業がこの国で拡がる条件となるだろう。

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