青春の旅人

8月になったら、一人旅に出ようと思う。店を閉めて、仕事も休んで、何日間か遠くの知らない街で過ごすのだ。何の用事も持たずに一人で遠くへ行く。遠くといっても、外国などでは無い。国内、しかも電車で2、3時間くらいの場所で良い。決められた予定も目的も無いのがミソである。もしかすると、それは、ちっぽけな体験かもしれぬ。だが自分にとって、これは大きな決意だった。

思い返すと、この歳になっても未だ一人旅を経験したことが無い。10年ほど前に、ふと思い立ち近鉄電車で奈良へ行ったことがあった。一人で、駅前や寺を散策して、銭湯に入り、蕎麦を食って、夜に帰宅した。自分の旅といえば、せいぜいそのレベルである。あ、19歳の頃にパリとアムステルダムに一ヶ月居たことがあった。しかしあれはまた違う種類のものである。学校と親が金を出してくれたので、好きに散財は出来なかった(勿論、した)。

何にせよ、近頃はずっと旅から遠ざかっていた。元々が出不精のために、普段から自転車で行ける範囲の近場しか行かぬし、遠出するとしても、誰かと遊びに行くか、誰かに会いに行く、または何らかの用事が無い限り、出掛けない。

時折はライヴをしに一人で東京へ行くことなどあったが、やはり夜にはライヴという予定があるために、どこへ行っても落ち着かない。井の頭公園の自然文化園でリスを見て可愛い可愛い可愛いと呟きながら夢中で写メを撮る、その間もやはり、夜のライヴのことが頭の片隅に貼り付いている。旅は、からっぽのきまぐれであるべきだ。何の目的も持たずに、その時々の気分に任せて動きたい。

金は国からの支給金があるので問題無い。青春18切符を買えば格安でJRを乗り降り出来る。あれは確か5枚綴りなので、最低でも5日間は運賃の心配が無い。行き先は、はっきり言ってどこでも良い。どこへ行きたい、という目的すら持たずに行くつもりである。阿房列車に乗って、思い付きで下車して、つまらなければまた乗れば良い。飯は何とでもなるし、宿は、その辺の適当な安宿に泊まれば良い。流行り病が心配だが、人混みには近寄らぬつもりだ。消毒手洗いうがいはコンスタントに行う。荷物は、服と下着を何枚か、眼鏡、コンタクトケース、コンタクト液、充電器、財布、煙草、携帯。出来るだけ、携帯を見ないようにする。電話やメールくらいは良いとしても、YouTubeやTwitterは見ない。勿論、noteもお休みにする。たとえば、noteに旅の記録を書く、などと決めてしまうと、途端に旅が色褪せてしまい、つまらなくなる。全ての理由と目的を放棄しなければいけない。解放宣言!自分は何もしたくない。ただ旅をするのみである。

青春の旅人。何年も前からずっと、旅をしたい、そのうちやるぜ、と口にしていた自分は、結局せずに今の今まで生きてきた。おそらく、世間の人々は10代や20代のうちに経験していることだろう。何を今更。何が青春。自分はあまりに遅かった。暇造の体たらくの癖して、何かと細かな予定に追われる日々を過ごし、いつしか大阪に閉じ籠っていた。しかし考えてみれば、自分は世間の人々よりも時間的にはかなり融通が利く方で、店や仕事についても、休んだところで誰に迷惑を掛けることも無い。何より自分には、守るべきものがひとつも無い。我が家の沢蟹かにくんも、1週間くらいは放っといて大丈夫だろう(本当は連れて行きたい)。これだけ条件が揃っていて、いつでも旅人になれたのに、ならなかった。

今年は、もう、やります。好きなときに好きなことをして、休みたいときに休む、と決めたので、旅!します。後は無事に帰ってこれますように。あなたも祈っていてください。

何もいりません。舞台に来てください。