売れたくない

正直な心の内を言うと、漫才師として、そんなに売れたくないのです。私は有名になりたいとも、テレビに出たいとも思いません。人気が欲しいとも思いませんし、大金を稼ぎたいとも思いません。舞台に出られたらそれで良いのです。これはおかしなことでしょうか?これまで芸人はとにかく、売れたい、と言い過ぎました。陰で言うならまだしも、はっきりと、さも当たり前の全員が持つ目標かのように、売れたい、どうすれば売れるのか、などと口々に言います。そして見ている観客たちも当たり前のように、誰々が売れてきた、売れかけている、などと批評する。売れる売れない基準を重視した結果、何とも堅苦しくてつまらない人たちが増えました。芸人界隈においては常に飛び交う話題であり、舞台上でもそんな話ばかりしている人がいます。また、そうした話題が好物な観客も増えました。野望に燃える若者を応援したくなる気持ちは分かります。けれども、売れるためにまず賞レースで勝って…などという戦略話を聞くだけで、私はうんざりします。芸人が売れることを目標にしてしまったら終わりではないか、とすら思ってしまうのです。おそらくこうした考えの人は少ないでしょう。私の目標は、面白い漫才を演ることです。そして、己の中に確固としてある情念と、曖昧模糊なるイメージとを、舞台上でもっと曝け出さなければ、と思っています。

などといったことを、ここ数年、いや、これまでずっと考えてきた。今、自分は運良く好きなことだけで生活が出来るようになってきていて、借金なども無く、貧乏ではあるが、それなりに自由に暮らしている。第一の目標であった「好きなことをして暮らす」ということが、ぼんやりとではあるが現実味を帯びてきた。だから、もっと面白いことがしたい。今よりももっと、面白い舞台を追求しなければならない。そのためには新しいアイデアが必要です。自分は、今まで放棄していた様々な活動を一度くらいはやってみようと思いました。

面白いことをやるためには、お客さんが必要です。自分たちの舞台に、もっとお客さんが来て、まだ知らぬ人たちに見て欲しいと、切に願います。そしたら、今よりももっと面白くて最高な舞台が作れるかもしれない。沢山の人が我々の舞台を楽しみにやって来て、ワハハと笑うような未来を描いています。だけど、あんまり有名になっても、良いこと無いよ。今は売れてないから、あの娘と二人でゆっくりサ店にも行けるし、昼過ぎまで寝ていられるんだ。

何もいりません。舞台に来てください。