髭女

今日、我が店、ライヴ喫茶 亀に来たお客、この方は以前にも何度か来たことがある小綺麗な女性であるが、カウンターでカシス・オレンジを飲みながら、ほろ酔い気味にまじまじと自分の顔を見つめてくるので、あれ?惚れられたのかな?と自分は思った。そこで瞬時にクールに格好付けて煙草に火を付けたのだが、その方は途端に表情を曇らせて、どこか苦々しい顔をしながら一言、髭剃りました?と言った。

確かに自分は一昨日の夜、風呂場で髭を剃った。今はつるつるである。しかし一体それが何だというのか。拍子抜けした自分は、はい、剃りましたが。と言った。すると彼女は怒りを露わにして、なんで剃るんですか!と叫んだ。いや…、まあ、気分というか、理由は特にありません。と口籠もる自分に対して彼女は、理由も無く剃ってはいけません!と言い放った。瞳孔が開いていた。自分は思わず煙草の火を消して、すいません、と謝った。それから彼女は、近頃の男はすぐに髭を剃りやがるが断じて剃るべきではない、フレッシュなんぞクソ喰らえ、会社や仕事の関係で剃らなければならないなら仕方無いが、お前のような自由業の屑は断然生やすべきである、そもそも男にとって髭とは云々、と矢鱈に髭についての熱弁をした。

まったく、ここまで髭に熱い女性も初めてであったので、自分は大層驚いた。髭を生やしていて怒られるのならまだしも、剃って怒られるとは思わなかった。彼女に比べると、自分にとって髭など、単なる面倒な存在に過ぎず、気分次第で剃ったり生やしたりしていただけなのである。とにかく!また生やしてください!とやけに強気で言われたので、は、はい!すぐに伸びますので!何卒!と自分も元気良く返事をしたが、担任教師に放課後呼び出されて怒られたことを思い出して、フラッシュ・バック、動悸息切れ、その後、虚しい気持ちになった。そしてまだ名の知らぬそのお客のことを、髭女、と蔑称することで、ようやく落ち着くことが出来たのである。

何もいりません。舞台に来てください。