唇を噛みしめて

中学生の頃、エレファントカシマシの「生活」というアルバムがどうしても聴きたくて、CD屋やツタヤを周って探したがどこにも置いていなかった。雑誌の批評やインタビューなどを読み、どれだけ凄いアルバムなのだろうかと想像ばかりが膨らんでいた。そうしてあるとき、街の中古CD屋の片隅で「生活」が600円で売られているのを発見した。ケースはひび割れていて、変なシールが貼られていたが、そんなものはお構いなしと即購入、若造の自分は一曲一曲を噛みしめるように、歌詞カードを片手に爆音で聴いた。そしたら祖母が部屋に入ってきて、何やのこれ、やかましいな、と言った、のを覚えている。

高校生の頃、「不死身のタイマーズ」のライヴ・ビデオがあるらしい、と友達から聞いた。それは非常に希少なものだという。自分は、タイマーズのCDは全て聴いていたが、ライヴ映像は見たことが無かったのである。「不死身のタイマーズ」をCDで聴くと、途中ZERRY(ボーカルの人)が何かをしながら「これだよこれ。おお、たまんねえや、気持ち良くなってきた。どうだ?お前もやるか?」みたいなことを言っていて、非常に気になる。大阪市内のビデオ屋を探し回ったが、どこにも売っていなかった。

さて、カネコアヤノを知ったきっかけはYouTubeだった。ライヴで歌っている動画を偶然見たのだ。おそらく何かの関連のような形で出てきた「天使とスーパーカー」というタイトルを見て、何となくその映像を見た。良い歌だなと思って、別の映像も見ていくうちに、好きになった。普段大して音楽を聴かぬ自分であるが、時折、携帯の画面で無料でカネコさんの歌を聴いた。そのうちCDが欲しいなと思って、買った(それもオンラインショップである)。更には生で見たいと思うようになり、チケットを取ってコンサートへも行った。YouTubeが無ければ自分はカネコさんのコンサートへ行くことなど無かったかもしれない。

驚くべきは、YouTubeのカネコアヤノ公式チャンネルである。過去のライヴ映像の他に、今までリリースした楽曲の全てがあり、つまり、(ほぼ)全ての歌を無料で聴くことが出来る。受け手からすれば、喜ばしい限りであろう。「インターネット」と「無料の手軽さ」、この2つは今や暮らしのための必然的なアイテムといっても過言では無い。世の中にはエンターテイメントとそれにまつわる情報が死ぬほど溢れているから、こちらからわざわざ探さずとも、良いものは自然と流れてくる仕組みになっていて、たとえ探すにしても指ひとつの話である。素晴らしく便利な時代になったものだ。ツタヤのレジで恥ずかしい思いなどせずに、幾らでもインターネットにオカズが転がっている。

「生活」の曲は、今ではインターネットで全て聴くことが出来るだろうし、伝説と言われた当時の武道館でのライヴ映像もYouTubeに載っている。そして、「不死身のタイマーズ」の映像もYouTubeで全編見られる(違法かどうかはさておき)。もう、あの頃のような、歯痒い思いをする時代はやって来ないのだろうか。というと、多分そうでは無い。それでも我々は、いつまでも唇を噛みしめて、何かを待ち続けている。

何もいりません。舞台に来てください。