とある郵便屋の話

手紙魔のあの娘は事あるごとにペンを握り、便箋を広げては言葉や絵を書き散らして、封して切手を貼りポストに投函する。宛先はいつも、山のあそこに住む老人だ。その内容は他愛も無い日常と空想のファンタジーを綴ったものであった。郵便屋は、夏も冬も自転車で山を登り、老人に手紙を届けた。ここらに住んでいるのはこの老人くらいで、おまけに身寄りも金も無い孤独な一人暮らしだから、彼に物を送る者などいない。唯一あの娘の殴り書きの手紙だけを持って、今日も郵便屋は汗だくで山を登る。どうしてあの可愛らしい娘がこんな老いぼれに手紙をよこすのか、郵便屋にはさっぱり理解出来なかった。二人がどういう関係なのか、生き別れた家族親類なのか、友人にしては歳も離れているし、まさか恋人同士ではあるまい。文通仲間であるにしても、老人側から手紙を出したことは郵便屋の知る限り一度も無い。ほら、またあの娘からの手紙だよ。老人は嬉しそうに大切そうに、いつものように手紙を受け取った。もう何通目だ、いつもいつも貰うばかりで、たまにはあんたも返事を書いたらどうだ、と郵便屋に言われた老人は、顔を赤くした。

あるとき珍しく老人から手紙を受け取った郵便屋は、山のふもとでその中身を勝手に読んだ。ぼくはあなたの手紙を大切にしています。あなたの言葉が好きです。ぼくはあなたのことをいつも考えています。それはもしかしたら、あなたのことを恋しく思っているからなのかもしれません。などと書いてあり、それは、長年生きた人間とは思えぬほど稚拙でたどたどしいラヴレターだった。郵便屋はもう一度丁寧に封をして、あの娘の元へと向かった。思わぬ返事に大はしゃぎで喜んだあの娘は、その場で封を開けると真剣な眼差しで手紙を何度も何度も読み返して、ちょっとだけ涙ぐんだ。郵便屋さん、今返事を書くから、ちょっと待ってて。そうしてすぐさまペンを握り一通の手紙をすらすらと書いて郵便屋に渡した。満面の笑みだった。

この一連の出来事には、郵便屋も何だか嬉しくなった。まるで自分が二人の仲を繋いでいるような感覚に陥ったのである。郵便屋は急いでとんぼ返り、自転車飛ばして山道を登ったものだから、その拍子に滑って転んで崖から落ちて、そのまま死んだ。

山のあそこの老人はいつまでもあの娘からの手紙を待ち続けている。だが、手紙が届くことは無く、やっぱり返事なんて書くんじゃなかった、と後悔した。そうして、返事を書くようにそそのかした郵便屋のことを少しだけ恨んだという。

何もいりません。舞台に来てください。