おなか

「何やら学校の教室でライヴが行われている。自分は早く電車に乗らなければならないので、荷物をまとめて、廊下へ出た。すると、とある女性に声を掛けられた。「もう行くんですか」「ええ」「同じジャージですね」彼女は自分と同じアディダスのジャージを着ていた。嬉しかった。自分は以前から彼女のことが気になっていたのだ。早く行かなければならないのに、自分はもう少し話がしたいと思った。教室からは笑い声が漏れている。誰かが何かを演っているのだろう。「中入らんでええの」「はい」自分は彼女と話がしたかったが、これといった話題が無く、困った。二人とも沈黙していた。このままだと、つまらない奴と思われるような気がして、けれども、何の話題も思い付かなかった。すると彼女がぽつりと言った。

「最近おなかにピアスを開けたんです」
「え」

彼女はジャージをめくり、おなかを見せた。子供のような可愛らしい、白いおなかだった。そして確かに、へそには銀のピアスがあった。彼女のおなかを見ることが出来て嬉しい気持ちとへそピアスは嫌だなという気持ちが生まれて困惑した自分は、すげー、とだけ言った。彼女は恥ずかしそうに微笑んでいた。「なんで開けたの」「ひみつです」両手でジャージをめくり照れ笑いを浮かべながらおなかを見せる彼女を、可愛いと思った。いつまでも、その愛らしいおなかを見ていたいと思った。誰かにこの光景を見られるとまずいような気もしたが、けれども自分は何も言わずに、おなかを凝視していた。

そして、可能ならば、そのおなかに触りたいと思った。うわぁ、さわりたぁ、と思った。しかし、もし本当に触れば、おそらくギャッなどと叫ばれて警察沙汰になるだろう。そうならずとも、彼女からは確実にキモいと思われて、もう二度と会えなくなるような気がした。自分のような呆け者が彼女の身体に触ることなど、土台無理な話であった。考えを重ねた自分は、ピアスに触っても良いか、と聞いた。頷く彼女に承諾を得て、銀のピアスにそっと触れた。あくまで優しくタッチ、しかし胸の奥では血液が燃えるのを感じた。確かにくっついてるね、などと言いながら、そして自然な流れを醸し出しながら、自分はそのまま手をおなかへと移行させた。

柔らかく、冷たいおなかだった。唾を飲み、火照った顔で目を見開きながら手のひらでおなかを撫でる自分は、きっと赤鬼の形相をしていただろう。彼女は何も言わず、嫌がる素振りも見せず、ただ静かにこちらを見ていた。彼女が見ていることには気付いていたが、自分は決して目を合わせることは無く、小さな声で、おなか冷えてるね、と呟いた。もう電車の時刻には間に合わない。」

何という夢だろうか。確かに自分は普段から、現実世界においても可愛らしい女性を見るとすぐさま妄想する癖があり、時折は淫夢も見るのだが、それにしても、生半可な性交よりもよっぽど官能的で艶めかしい夢であった。そしてこの夢から醒めたとき、自分は何故だか無性に切ない気持ちになったのである。まるで失恋したかのように落ち込み、もう二度とは会えぬ夢の中の人(現実世界にはいない、夢だけに出てきた女性である)との甘いひとときが頭から離れず、何度も反芻した。やがて彼女に関する記憶、つまり彼女の顔や声やおなかの感触は、自分の中で段々と薄れていき、それがまた寂しく思えた。今はもう、どんな女性であったか思い出せない。背は低かったと思う。一応自分の中では、加護ちゃんをイメージしている。

何もいりません。舞台に来てください。