義務と意思

去年以来、歯医者には行っていない。いくつかの虫歯治療をして貰って、これで安心ですなと笑った自分に向かって、歯医者は苦笑いを浮かべながら、残念ながらシマナカさん…と打ち明けた。

どうやら、自分には親不知が4本も生えているらしい。それも全て横向きに生えているため、もしも今後、親不知が伸びてきたら隣の歯にぶつかることは必至で、それはとてつもなく激痛なので今のうちに治療をしておくべきであり、治療の際は全身麻酔による手術をする必要がある。そして、4本を一度に抜くのは危険のため、手術はある程度の期間を設けて何度かに分けてやらなければならない。親不知は生涯伸びてこない可能性もあるが、歳を重ねると身体に掛かる負担も大きいため…、と、ここまで聞いたところでゾゾゾと背筋が凍った自分は、そこから先は耳を塞いだ。あまりに残酷な運命ではないか。伝う涙、そして自分は耳を塞ぎながら、ひたすらにホットパンツギャルの太ももを想像しながら現実逃避をした。

毎月の光熱費の支払い、これには期限があるが、実は二ヶ月滞納しても止められない。それを知った自分は、いつでも滞納して滞納して、ギリギリの最終期限で支払っている。また、ライヴの企画なども、2、3日前になってようやく考え出す始末。小学生の頃、夏休みの宿題はギリギリでやるどころか、二学期が終わるまでやらなかった。勿論、教師には怒られるのだが、それでも放ったらかしにしていたら、最終的にやらずに済んだことすらあった。

今も、やらなければならないことが山積みで、次のライヴの構成、映像処理、ネタ作り、確定申告のための決算、諸々の連絡、諸々の支払い…。承知の上で、放ったらかしにしたまま、ギターを弾いたり、ルービックキューブをくるくる回したりしていて、自分でも呆れるほどのコアラ人間である。

ただ考えてみれば、親不知に関しては、伸びてこなければ良いだけの話で、治療はあくまでも、やっておいた方が良い事柄、つまり夏休みの宿題と同じく、何も絶対にやらなければならない必須の事柄では無いのである。現に自分は夏休みの宿題を断固としてやらなかった。けれども、それはただ、自分にとって夏休みの宿題がやる必要の無いものであっただけの話。つまり世の中には、やった方が良いけれど実はやらなくても大丈夫なもの、が数多く存在している。そう考えると、大概のことはやらなくても良いのではないか。ライヴも、確定申告も、諸々の支払いも、全て辞めてしまえば、義務の呪縛から解き放たれる。そして欲望のままに今やりたいことをやろう。義務よりも、意思、の方が大事じゃね?あん、素敵ぃ。と一人会話をした自分は、真夜中にチョコレートやチップスが食べたい、という意思の下、ぶたの如く貪り食って寝転んだ。

歯磨きをしなくちゃ、と一瞬思ったが、それって義務じゃね?本当は面倒臭いからしたくなくなくね?と、意思が言ったので、意思に従った。でも医者は歯磨きしろと言っていたな…、と弱気になると、医師よりも意思じゃね?と、上手いこと意思が言う。意思の喋りは止まらない。ていうか歯磨きしねえで奥歯弱らせた方が親不知の成長止まって伸びてこなくね?手術しなくて良くね?おれ天才じゃね?全てが完璧で素敵な意思と、一生付き合おうと思った。

何もいりません。舞台に来てください。