やがて春

我が家の沢蟹、かにくんは近頃めっきり動かない。といっても、置いておいた餌はこっそりと平らげているようで、身体も以前と比べて明らかに大きくなっている。堂々たる顔つきの沢蟹は、すっかり努力を放棄してしまったのか、ひたすら土管の下でじっとしている。まったく、大したものだ。冬が近付き、寒さも増してきたため、しばらくは休眠するのだろうか。とにかく、主人に似て、怠惰を極めている様子である。自分は、早いところ行動を起こさねば後で悔やむことになるぞ、と沢蟹に声を掛ける。それは実は己自身に言い聞かせているのだった。

独りでいるときは、基本的に放っておいて欲しいものである。それを自分は理解しているので、沢蟹にちょっかいをかけるような真似はしない。ただ、そっと見守っている。時折は土管を持ち上げて、生きていることを確認し、一言声を掛ける。心配するのは親心、それ以上の干渉はしない。

やがて春。きっと、言うてる間に、春が、当たり前の顔をしてやって来る。果たして自分も沢蟹も、無事に暖かな春を迎えることが出来るだろうか。今はまだ、沢蟹は土管の下に、自分は布団の下に、互いに潜り込み、夜の寒さに震えながら夢想を続けている。

何もいりません。舞台に来てください。