ゴミ放火魔

「明け方、家のゴミが矢鱈と溜まっていたので、マンションのゴミ捨て場まで捨てに行くと、白いトレンチコートを着た浮浪者が積まれたゴミ袋にガソリンを撒いている。浮浪者は自分に気付くと、にやりと笑ってライターを取り出した。あ。と言う間も無く火をつけて、ゴミが燃え上がる。自分は路上へ飛び出した。運良く警察官がいたので、放火魔です!と叫ぶと、警察官は驚いた様子で、どこですか?と言う。いや、そこやん、めちゃくちゃ燃えてるやん。あなたがやったんですか?いや、おれちゃうわ、何かおっさんがガソリン撒いて…、と説明している隣を浮浪者が笑いながら通り過ぎる。こいつです、と指さすと警察官は、まさかあ、と言って笑っているが足はがくがくと震えている。浮浪者は立ち止まって振り返り、ナイフを取り出して、笑いながら自分に近づく。おれが何をしたって?おれが?もう一回言うてみ、おれが、何をした?なぁ?言うてみ…」

完全な悪夢である。何とか殺されずには済んだものの、恐怖でおののいた。疲労しているときほど、悪夢は見やすい。おそらく相当疲れが溜まっていたのだろう、分かりやすく最悪最低な夢である。こういうときは落ち着かなければならない。気晴らしに散歩でも行こうかと玄関へ行くと、ゴミ袋がふたつ置かれてある。はッ、と思った。昨日の晩に、明日忘れず出そうと思って玄関に置いたのだった。

しかし、あんな夢を見た後である。無造作に置かれた二つのゴミ袋が、気味悪く思えた。先ほどの浮浪者の言葉が脳内にリピートされる。ゴミ捨て場にはどうしても行きたくなかった。結果、そのまま玄関にゴミ袋を放ったらかしにして、自分はそそくさと外へ出た。

街は相変わらず平和で、若干の気晴らしとなった。ぶらぶらしているうちに、悪夢の呪縛も自然と消えてゆく。さて、帰路を行くとき、大通りを消防車が通り過ぎて行った。サイレンを爆音で鳴らしながら、自分の住むマンションの方角へと向かっていく。あぁ、そうか、と思った。自分がゴミを捨てようと捨てまいと、あいつには関係の無いことなのだ。今頃、マンションのゴミ捨て場はきっと燃え上がっている。あいつは無事に捕まるだろうか。警察官が怯えなければ良いのだが…。そんな思いとともに、どこか罪悪感を感じる自分がいた。

何もいりません。舞台に来てください。