一人盆踊り

盆の暑さは侮れない。夜になっても生温い空気が身体中を纏い、皮膚の上を嫌な汗が滴り落ちていく。十三で単独ライヴを終えた泥まみれの自分は、大きな荷物を背負いながら阪急電車で梅田駅へ向かった。そこから大阪駅へ行き、JRに乗り換えて、最寄り駅へ行けば良い。早いところ家に帰って、風呂でも入ろう。まったく疲れちまったぜ。一瞬の夢。

夜の大阪駅は、あまりに人が多くて、すこぶる嫌な気持ちになる。皆おそらく盆休みということもあって、どこか浮かれた様子、遊びに行ったり、飯を食いに行ったり、これからまた飲みに行ったり、まぐわいをしに行ったり、するのだろう。これだけ暑いというのに、元気があってよろしい。おれはお先に失礼するぜ。行き交う人々の、ぺちゃくちゃと無意味な会話が、耳を通り、脳に響く。信号を渡る。やがて、泥々の顔面、引きつった表情の自分は、雑踏の真ん中で立ち往生して、なぜか、一切動けなくなってしまった。

お、おしっこ。急な尿意に襲われて、便所を探すけれども見当たらない。切符を買って、雑踏を掻き分けて、駅構内の便所へと走った。そのときツーブロックヘアのヤンキーボーイと接触、互いの肩がぶつかり、あ、すんません、と自分は言ったが、向こうは謝る気配も無く、コラァみたいな表情で自分を睨んでいる。もう一度、すんません、と頭を下げて、便所へ駆け込んだ。何とか漏らさずに済んだ。

一刻も早く、一人になりたい、と思った。そのためには、とにかく大阪駅を抜け出さなければならぬ。ここは人が多すぎる。あぁ、しかし、電車は待てど暮らせどやって来ない。荷物は重たい。両肩が今にも千切れそうになっていた。そのとき、どこからか太鼓のお囃子が鳴り出して、プラットホームにいる人たちが一斉に踊り出した。チャンチャンカチャン。皆が笑顔。そして楽しげに、盆踊りを始めたのである。

自分は、意地でも盆踊りには参加しないぞ、と思った。だってそうじゃん。ここで踊ったら、なんか負けた感じがするじゃん。先程のツーブロックヘアのヤンキーボーイも、手を振り振り、矢鱈と楽しそうに踊っている。何人かの酔っぱらいは線路内に落ちてしまったが、それでも笑顔のまま身体をクネクネさせている。夏の暑さに、自分の思考回路はもはや溶けてしまっていた。いつまでも素直になれぬ自分が、阿呆のように思えてきて、後悔と悲哀に満ちた顔で群衆を眺めていた。

さっきの、一人になりたい、っていうの、撤回します。と心の声で呟いた。そして、重たい荷物を置き、照れ笑いを浮かべながら、自分は、なるべくフレッシュな笑顔で、下手くそな盆踊りをしながら群衆の中へと歩み寄った。その瞬間、お囃子は止んで、辺りにいた人々はフェードアウトで消え失せた。自分は虚空の人となり、夜のプラットホームで一人ぼっちと成り果てた。

けれども、今更になって盆踊りをやめる訳にもいかないので、何となく下手くそな盆踊りを続けた。汗だくになっても、手足が千切れても、踊り続けた。すると向こうから、ともだちがやって来た。盆は未だ終わりそうに無い。

「真夏の夜の夢」メンデルスゾーン
「毎日がブランニューデイ」忌野清志郎
「さよなら大好きな人」花*花
「喝采」ちあきなおみ
「ささやかなこの人生」風
「さよならぼくのともだち」森田童子
「君が代」忌野清志郎
「一人盆踊り」友川カズキ
「As long as we're together」The Lemon Twigs

ご来場ありがとうございました。

何もいりません。舞台に来てください。