皿饅頭

たとえばあなた、河童町にある沼底本舗の名物、皿饅頭を食べたいとする。それはもう、長年の夢であったとする。いつか絶対に食べるんだ、と思いながら、あなたは雑用仕事の毎日を過ごしていた。皿饅頭に想いを馳せ過ぎて、どうしようもなくなって、発狂しそうになる夜もあった。仕方無く冷蔵庫にある粒饅頭で腹を満たして、あぁ、皿饅頭はもっと美味しいのだろうな、と思いつつ、布団に入り涙を流す夜もあった。

とある休みの日、思い立って行動力を起こしたあなたは、電車を乗り継ぎ、10時間掛けてはるばる河童町までやって来た。少し天気は悪かったけど、のどかな感じの、良い街だった。川が流れていた。ここで皿饅頭食べたら、さぞ美味しかろう。ワクワクで胸が破裂しそうだった。小雨に濡れたが、そんなことは全然へっちゃらで、とても楽しく、幸せな気持ちだった。まるで初恋の如く緊張しながら、あなたは爆走スキップで念願の沼底本舗を訪れた。だが、店は無念の休業中であった。

あなたは虚しく帰宅する。アァ!皿饅頭食べたかったのにぃ!と悔し涙を流しながら、その夜は粒饅頭を阿呆ほど食い散らかした。皿饅頭への想いは溢れるばかりで、雑用仕事をこなしながら、恋人とロマンスを過ごしながら、心はいつも皿饅頭、であった。

そんなある日、あなたは、インターネットで沼底本舗.comというページを発見して、皿饅頭が手軽に通販購入出来ることを知る。何や、いつでも食えんのかい、何で今まで気が付かんかったんや、と思った。ポチッとクリック、チルド皿饅頭×10個を5パック購入と押して、数日後、自宅に届いた皿饅頭をレンジで温めながら、あなたは、それほど感動していない自分に気付く。あれだけ食べたかった皿饅頭が、今、目の前にある。50個ある。それなのに、何だか冷静な自分である。こないだ河童町へ行ったときの、あのワクワク感とは程遠い感情のまま、あなたはぱくっと皿饅頭を食べた。美味かった。うん、美味い、チルドとはいえ、確かに美味いわ。けれども指先ひとつで購入した皿饅頭を自宅で食べるのは、やっぱりちょっと何か違うな、と思ったりした。

どこか釈然としなかった。せっかくの初皿饅頭だったのに、これは、ちょっと、ミスったかもしれない。雑用仕事にも力が入らぬ。恋人にもふられた。このままじゃいけないような気がした。そうして有給休暇を取り、再び河童町へ行く。通販で食べたチルド皿饅頭、あれは無しってことにして、今度こそ本当の初皿饅頭。前に来たときと違って、よく晴れていた。青空が広がっていた。今回は営業日もインターネットで確認済みだし、焦ること無く、沼底本舗へ向かった。そうして念願叶って店を訪れたあなたは、遂に生の皿饅頭を購入することが出来た。川沿いに腰を下ろして、完璧なシチュエーションで皿饅頭を食べた。美味い。雰囲気も良いし、味も良い、全部良かった。通販よりも断然美味かったし、これで夢は全て叶った。良かった良かった。けれどもやっぱり、正直言うと、思ったほど感動しなかったのである。

帰りの電車で、あなたはぼんやりと思う。思い返せば感動のピークは、最初に河童町を訪れた、あの日だった。あのとき皿饅頭は結局食べられなかったけど、小雨にも濡れたけど、だけどとっても楽しくて、最高だった。川を見ながら、ここで皿饅頭が食べられたら、って思った、あの気持ち、今はもう味わえない。皿饅頭を味わった代わりに、もう二度と味わえないものがある。今となれば、食べられなかった月日が愛おしい。こんなことなら、皿饅頭なんて食べるんじゃなかった。ずっと食べずに、未知なる皿饅頭を夢見ながら、粒饅頭だけ食べていれば良かった。だけど、それはそれで、きっと耐えられないだろうし、何がいけなかったのかな、でも、皿饅頭は食べられたし、美味しかったし、別に、全然良いんだけど、もしかすると、人生ってこんなものなのかもしれない、などと思いながら、あなたは帰宅するのだった。

何もいりません。舞台に来てください。