大人

いつまでもヤングだと思っていたが、いつの間にか自分も31歳を越えて、年齢だけを考えてみれば立派な大人の仲間入りをしていた。アイドルなどが言う、永遠の16歳、という台詞も今の自分なら納得出来る。何せ気持ちの上では16歳くらいからちっとも変わっておらず、未だに雨が降ると溜息が出る、食べた海苔が焼き海苔ではなく味付け海苔ならばテンションが上がる。そうして、一生ふざけて暮らしたい、なんて子供じみたことばかり言って愚鱈と暮らしてきた。しかし、どうだろう。世間から見れば、自分はいい大人だ。姪も生まれた。立派なおじさんだ。愚鱈している場合では無い。これからは、一人前の、大人の男、それも渋めのちょい悪メンズになってやろうと、心に決めた。

ということで、去年から髭を生やしているのだが、案の定不評。中には、髭良いと思いますよ、という慰めの言葉もあったが、八割方は否定的な意見である。それでも大人になるため、そして何より、大人は他人の意見に流されたりしない、確固たる自分の意志を保つためにも、何とか髭をキープしている。

大人の雰囲気は髭でクリア出来た。後は何といっても金、どうしても金が必要になる。安牛丼を食べて満腹になっている場合では無い。自分は子供の心を捨てて、もっと大人的な思考で、金を手に入れる算段を巡らせた。しばらく腕を組んで、顎髭の辺りに拳を持ってきて、ううむ、と大人のポーズをすること5分、突然刹那の雷光、抜群の算段がひらめくと同時に6つの数字が脳内を駆け巡った。目を見開いて、ひらめきました、と呟くと、自分は大人っぽい黒ロングコートを羽織って颯爽と街に飛び出した。

宝くじ売り場で専用用紙に6つの数字を書いて、窓口に座る、パーマを失敗したような髪型のおばはんに手渡す。200円を支払い、後は今夜の抽選結果を待つのみである。たったこれだけで2億円。大喜び!したいところだが、子供じゃないんだから、大人なんだから、あくまでクールに、シャンパングラスで乾杯して、ささやかに喜ぼう。これでひとまず安心だね、さて、ヨーロッパでも一回りして来よう。

深夜の牛丼屋。大騒ぎの大学生にまじって、並盛をちまちまと食べながら、若いやつは呑気でええなァ、おれにもそんな時代がありました、ノスタルジアな気分に浸りつつ、無料の紅生姜を多めに載せて食べる。あぁ、つゆだくにしとけば良かった、なんて後悔を顔に出すことも無く、ご馳走さん、と東南アジア系のアルバイト店員に声を掛けて、無視されて、外に出れば小雨。溜息なんて漏らさない。静かに微笑みを浮かべて、たまには濡れるのもいいさ。ぼくは大人なんだから。あくまで、ゆっくり歩いて帰ろうか。

何もいりません。舞台に来てください。