眠る鬼

自分は昔から、恐い、冷たい、暗い、などと言われることがあり、こちらは何もしていないのに、なぜかそうした悪印象を持たれやすく、そんなことを言ってくる奴の方がよっぽど恐怖の冷酷あんころ餅ではないかと思うのだが、仕方無い、他人にはそう映るのだろう、中には褒め言葉的に、落ち着いている、思慮深い、と言われることもあるので、良しとしよう。さて、実際の自分はどうかというと、別段、恐くも冷たくも暗くも無い男で、落ち着いてもいなければ思慮深くも無い。では一体何なのだと聞かれると、ただ眠いだけの男、なのである。

眠いと、どうしても瞼が垂れてきて白目を剥いてしまう。その顔が、人によっては恐く映るのである。また、俯きがちで口数も減るため、冷たく、暗い印象になってしまう。落ち着いているようにも見えるかもしれぬが、ただ眠いだけである。肘を立てて静止する姿は、さながら「考える人」のようであるが、思慮深さとは程遠い、たゆたう眠気の中で浅はかな空想を浮かび上がらせてはすぐに消え去る、「忘れる人」。本当は結構、穏やかで優しく気さくでお喋りの楽しい兄ちゃん的な部分もあるのだが、眠気のせいで全てが崩れ落ちる。

子供の頃から眠たかった自分は、いつも口を開けて呆けていた。何となく夢うつつで、よく親に、また口開いてる、と叱られたものだ。それで思い出すのは、夕食時の指絵である。指絵とは、指で絵を描くこと。飯を食っている最中に、たとえば飛行機が思い浮かぶと、食事を中断させて、テーブルに指で飛行機の絵をなぞり描くのである。他の者には見えぬが、自分にははっきりと飛行機が見える。やがて飛行機は飛び立ってテーブル中を駆け巡る。夕食などそっちのけで飛行機に想いを馳せる自分は、ある意味、想像豊かな少年、けれども傍から見れば、口を開けて(涎が垂れることもあった)夢中で指を動かす、ただの阿呆ぼんであった。

先日姉と話していると、とんでもない話を聞かされた。随分昔の話で、自分には身の覚えの無いことである。その日、自分と姉を含めた団地の子供たちは、かくれんぼをして遊んでいた。鬼になった当時幼稚園児だった自分は、広場の柱に顔を伏せて座り込み、ゆっくりと30を数える。そして、30を数える前に、そのまま寝てしまったというのだ。なかなか探しに来ない鬼を心配した皆が見に来ると、そこには柱にもたれ掛かってグースカと眠る鬼の姿があった。姉たちも、最初はただふざけているだけだと思ったそうだが、本当に寝ていたので驚いたという。

学生時代の授業中など、ほぼ全ての時間を、居眠りに費やした。自分の通っていた学校は、落ちこぼれの奴は置いてけぼりにする、という教育方針だったので、寝ている生徒を注意する教師はあまりおらず、自分は時折暴力的な教師に殴られるだけで、基本的には放ったらかしにされた。そのため、気持ち良く眠ることが出来たのである。授業中、欠伸してたら口がでっかくなっちまった。居眠りばかりしてたら目が小さくなっちまった。という歌があるが、その通りであった。

このようなことを書いている間も、勿論欠伸している。眠くない日が、いつかやって来るのだろうか。アーア。

何もいりません。舞台に来てください。