オットット

昼間は陽気で暖かい。散歩がよく似合う季節である。自分はマスクの中で言葉にならぬ独り言を悶々と呟きながら、二時間ばかり、駅で言うと五駅ほど、特にどこへも寄らず、過ぎて行く人々や街の景色をただ眺めつつ、亀の如く歩いていた。呆けた頭の中では、もしかすると何か考えごとをしているのかもしれぬ。けれども数秒後には忘れているから、どれもちっぽけなことだろう。

狭いアスファルトの路地、緩やかな坂道を猫背で下っていた。ふと見ると少し前方、ミニスカのJKとスポーツ刈りの学ランの二人が手を繋いで歩く後ろ姿があった。何ともいじらしい様子である。若者が紡ぎ出す甘い青春のささやかな一頁とはこのことだ。おじさん、きみたちみたいな若者見てると何だか微笑ましく思うヨ。などいったことを、自分は一切思わなかった。自分はただ、ミニスカJKの生足を凝視しながら下世話なことを想像したのである。それは、このJKは果たしてどんな顔をしているのだろう、ということだった。後ろ姿的にはロングヘアーで身長はやや高く生足も色白で細い、雰囲気は美少女チックであるのだが、肝心の顔が見えぬから非常に気になる。ここはひとつ、早歩きで彼らを追い抜かしてから、あれ?道間違えたかも、みたいな感じで自然と踵を返して、その振り向きざまにJKの顔面を見てやろうか、と思った。男ならば誰しもやったことのある作戦であろう。あわよくばその顔面を脳内に刻み込んで後でたっぷり卑猥な妄想とともに汚してやろうか、などと企む自分の頭上では、太陽が燦々と輝いていた。

作戦開始の号令が脳内で響き渡り、自分は歩く速度を上げて坂道を駆け下りた。彼らとの距離を一気に縮めていく。そうして背中まで追い付き、今まさに追い抜こうとした瞬間のことだった。どういうわけか学ランとJKが鼻先寸前で急停止したのである。二人はどうやら脇にある自販機で飲み物を買おうと足を止めた様子だった。だが、そのとき既に自分はギアを入れてしまっていたため、思わず二人にぶつかりそうになり、ワ、と小さい声を上げてから、オットット、とよろけて、片足バランスを取る人、のような阿呆丸出しのポーズを取ってしまった。間一髪で横に避けることが出来たものの、危うく激突するところであった。若き二人は、少し驚いた様子でこちらを見た。真後ろから急に謎の男がぶつかりかけてよろめいたものだから、驚くのも無理は無い。

天罰。恥ずかしかった。しかし自分は、その瞬間逃さずサッと横目でJKの顔を確認したのである。ぬかりの無いすけべ心を褒めて欲しい。だが、JKは大きくて黒いマスクを付けていたため、一重の細い垂れ目が見えたのみで顔の造りまではよく分からぬ。顔見えへんやん。恥ずかしい気持ちを押し殺しながら自分は小声で、スンマセン、と言い、無様なポーズから体勢を立て直すと、何事も無かったかのように再び坂道を下り始めた。しばらくすると、後方からアハハと笑うJKの甲高い声が聞こえた。おそらく学ランが何か冗談を囁いたのだと思う。自分を指差して「アイツ坂道歩き慣れてないんかな」とでも言ったのだろうか。「なんかうちのことジロジロ見てきたし。きも」「しばいたろかな」「もう、やめたり」そんな会話を想像した。調子に乗る芋餓鬼たちを蹴り飛ばしても良かったのだが、大人の自分は決してそんなことはしない。ぐっと堪えて、出来るだけいかり肩にしながら大きな背中で歩くことに専念した。いつの間にか太陽は消え去り、曇天模様、冷たい風が路地に吹き荒んでいた。

何もいりません。舞台に来てください。