暗パンマン

暗パンマンは生まれながらに焦げていた。それだけでは無い。腐食して、色もドス黒く、表面は硬くなっていた。バイ菌だらけであった。そのため、誰にパンを分け与えても食べてはくれない。性格は自然と捻くれて、暗パンマンは、無口で無愛想で俯きがちの、根暗なヒーローとなってしまった。

きみは失敗作なんだねぇ、と邪夢おじさんは口癖のように言った。邪夢おじさん的には冗談のつもりでも、暗パンマンにとっては、辛い、哀しい言葉だった。そう言われるだび、暗パンマンの心は傷ついた。それでも邪夢おじさんは脂ぎった笑顔で、あくまで冗談やから、の感じで、デリカシーの無い言葉を投げ続けた。

罵倒子さんはもっとひどかった。おまえくさいねん、きしょいし、物置で寝ろや、パン屑野郎、と暗パンマンを罵った。そうして夜、物置で大人しく寝ていると、リビングでは何やら男女のまぐわいの音が聞こえてくるのであった。何と凶悪な家庭に生まれてしまったのだろう。この家を出たところで、他に行くアテも無い。暗パンマンの心は暗くなる一方だった。

唯一の友は、恥頭という名の犬だった。頭が男性器のような形をした、奇形犬である。暗パンマンと恥頭は仲が良かった。会話こそ出来ぬものの、失敗作同士、互いに通ずるものがあった。薄暗い物置の中、いつかヒーローとして活躍する夢を見ながら、暗パンマンと恥頭は寄り添い合う日々を送った。

そんなある日、馬鹿夫という男がやって来た。困っている様子だった。どうやら昼休みに食おうと思っていた弁当を失くしてしまったのだという。ほんなら昼飯抜けや、わざわざ来んな、強欲乞食、と罵倒子さんは言ったが、馬鹿夫は涙を流して腹へった腹へったと喚く。弁当くらいで泣くなや、きしょいねん、糖尿野郎、と言って、罵倒子さんが馬鹿夫をどついた。一部始終を物置から見ていた暗パンマンは、何だか今な気がする、と思った。今、ヒーローになるとき。

暗パンマンが飛び出した。罵倒子さん!もうやめてあげて!確かに弁当くらいで泣くのはどうかしてるけど、何も殴ることはないじゃないか。馬鹿夫くん、お腹が空いたなら、ぼくを食べるといいよ。さあ、ぼくの顔をお食べ。暗パンマンがそう言った途端、皆が、静まり返った。コミュ障にしてはすらすらとそれらしい台詞が出たので、邪夢おじさんも罵倒子さんも驚いたのである。

しかし馬鹿夫は、目の前に立つ腐食したパン顔の男とその隣で尻尾を振る奇形犬を見て、化け物だぁっ!と腰を抜かした。え?いや、あ、あの、ぼ、ぼ、ぼくは、あ、あんぱんまん、と、いいまして、つまり、こう見えて、ひ、ヒーロー、なんです、が…。途端に吃る暗パンマンであったが、震える手で自らの顔面をちぎり、馬鹿夫に差し出した。あ、ありがとう暗パンマン。馬鹿夫は怯えながらパンを受け取り、本当は食べたくないけれど食べなければこの化け物に食い殺されるような気がする、と思い、精一杯の苦笑いでパンを完食した。ようやくヒーローらしいことが出来たと、暗パンマンは恥頭とともに喜んだ。しばらくして、馬鹿夫は入院したという。

何もいりません。舞台に来てください。