喫茶ウーピー

夕刻、靱本町あたりを一人で歩いていた。この辺りは微妙に駅も遠く、これといった特徴の無い上品な街である。猫背の自分は、ズンズンズンズンこぶたがズンズン、などとマスクの中で呟きながら、アテも無くうろついていた。幹線道路を車が行き交い、そろそろ日も暮れかけて、買い物帰りの主婦や仕事終わりのサラリーマンなどが歩いている。自分は、どうしようもなく腹が減っていた。普段から食事に執着が無いため、こうした場合は大抵うどんを食べるのであるが、もう三日もうどん続きだし、そもそもうどん屋も見つからぬし、手頃な牛丼チェーンなども見当たらぬ。あぁ、何か食いたい。そんで一服したい。

喫茶店はいくつか見掛けたが、どこも、何だか、ピンと来なかった。昨日から風呂に入っていない今の自分には、気取ったお洒落サ店も違うし、格式高そうな純喫茶も違う。もっとこう、雑多な感じの、それでいて暇そうなサ店が良いなと思った。そういうところの、大して美味くもないピラフでも食おうか。で、入ったのが「喫茶ウーピー」である。外観からして大阪のいわゆる古サ店、何せ名前が良い。

BGMは無い。壁付けのソファ、座るところには手編みのカラフルなマットが敷いてある。所狭しと小さなテーブルが並び、壁には手作りのメニュー表と野球選手のユニフォームが掛けられている。冷房はついておらず、入り口ドアが開けっ放しで扇風機が虚しく回っていた。これだよ、これ。初デートでは来ないかもしれんが、一人で入るなら、やっぱりこういうサ店よ。

それにしても誰もいない。お客も店員もおらず、奥に向かってスンマセンと言ったが誰も来ないので、とりあえず自分はソファに座って煙草を取り出した。灰皿の中には珈琲豆の粉が敷かれてある。これってよう見るけど意味あるんかいな。しばらくすると奥から細身の老主人が現れて、何も言わずにお冷を出した。壁を見ると日替わり定食と書いてあったので、これ、いけます?と言うと、はい、と言って主人は奥に引っ込んだ。

日替わり定食の中身も知らずに頼んだことを少し後悔したが、まあ良い。よくよくメニューを見ると、スパゲティーやカレーライス、コロッケ定食やドリアなどもある。それに、五穀米カツカレー、海鮮塩焼き蕎麦、燻製冷麺などと書いてある。大丈夫かな。無難にナポリタンくらいにしておけば良かったかもしれぬ。そんなことを思いつつ、棚にあるスポーツ新聞を広げていたところ、運ばれてきたのは、予想を裏切る、非常に上品かつ彩り豊かな定食であった。

お膳には何品かある。まずメインのおかずは、鶏肉を揚げたものに、ピーマン、にんじん、玉ねぎ、筍などの野菜が散りばめられた甘酢餡を掛けた「鶏の唐揚げ旬菜あんかけ」、本格的な中華の一品といった様子で驚いた。味噌汁にはおあげと葱と豆腐、サラダはコールスローにポテトサラダ、冷奴にたっぷりの鰹節と葱、そして白飯には黒胡麻が振ってある。見栄えとしては満点の食欲そそる定食で、間違いなく美味いやん、と嬉しくなった。

5分後、ぺろりと完食、非常に美味で、程良く満腹になった。お膳を下げに来た店主に自分は思わず、美味かったす、ごちそうさんです、と手を合わした。店主は少し微笑み、仕事終わりですか、ごゆっくり、と言って再び奥に引っ込んだ。激シブであった。こうした有意義な体験が出来るので、街のサ店飛び込みは辞められぬ。

何もいりません。舞台に来てください。