マスク・ド・コーン

マスク・ド・コーンはメキシコ南部の田舎で生まれた。父は昔ルチャリブレで名を馳せたマスク・ド・フェンスである。子供の頃から厳しいプロレス練習を重ねたマスク・ド・コーンであったが、デビュー以来、勝ち星は無かった。一度ボディスラムなどでマットに倒されると、そのまま立ち上がることが出来ずに転がることが大きな敗因であった。得意技はトップロープから飛び跳ねて相手に突き刺さるローリングヘッドドリル、と豪語していたが、毎回ゴングと同時に倒されて即刻試合が終わるので、一度も使う機会の無いまま、苦労の日々が過ぎた。

そのうちマスク・ド・コーンは試合のメンバーから外されて、会場警備や選手入場の際の誘導、場外乱闘時におけるリングサイドでの観客安全確保、といった係に回された。戦わないマスクマンとして嘲笑も買ったが、警備力の腕はあった。マスク・ド・コーンは文句のひとつも言わず、誰よりも真面目に警備に取り組んでいた。

あるとき、父親のマスク・ド・フェンスが酒に酔って路上に寝ていたところを車に轢かれて死んだ。レスラーたち、そして往年のルチャファンたちは、皆悲しんだ。その一ヶ月後、追悼興行が行われることになり、メインイベントにてマスク・ド・コーンが久しぶりにリングに上がることが告知された。対戦相手は人気レスラーのマスカラ・ビューラーJrである。

当日の試合会場は、往年のルチャファンである爺婆や、今時のルチャギャルなどで溢れかえり、観客が殺到したせいで入場整理は混乱を招いた。そこに突如現れたのは、試合を控えるマスク・ド・コーン。率先して警備に当たり、観客たちはスムーズに入場することが出来た。その懸命な姿に、観客は感動した。父親の追悼興行ということもあり、皆がマスク・ド・コーンの味方になり、迎え入れる態勢になっていた。

メインイベントが始まった。青コーナー、マスカラ・ビューラーJr。赤コーナー、マスク・ド・コーン。会場は一気に盛り上がり、熱狂の渦と化した。マスク・ド・コーンはこの日のために、新技のミサイルヘッドランチャーという技を特訓している、と豪語していた。どのような技かは秘密であり、とにかく凄まじい破壊力の技であると皆が予想していた。

ゴングが鳴った。と同時に、マスカラ・ビューラーJrが突進、マスク・ド・コーンの頭を掴み、そのまま天高く持ち上げて、勢い良くマットに叩きつけた。ボウン!と重低音が響く。マスク・ド・コーンは立てない。ころころとリング上を転がる。観客たちが熱心に歓声を送る。コーン!コーン!その声を聞きながら、マスク・ド・コーンはリング上で円を描きながらひたすら転がっていた。マスカラ・ビューラーJrが足で踏みつけて、そのままフォール。1、2、3!カンカンカンカン。試合終了、24秒、マスカラ・ビューラーJrの勝利。

やはり勝つことは出来なかった。それでも観客たちは溜め息を漏らすこと無く、マスク・ド・コーンへ敬意と労いを込めた大きな拍手を送った。試合後、マスク・ド・コーンは父親への愛とルチャリブレへの愛、そして警備における大切な心構えを、涙ながらにマイクで語り、勝者であるマスカラ・ビューラーJrが退場する際の誘導警備も率先して行い、そのまま引退した。もう随分昔の話である。

何もいりません。舞台に来てください。