脱獄ロマン

あの娘は最近どうも脱獄に興味があるらしい。「大脱走」とか「ショーシャンクの空に」とか、脱獄ものの映画を夜な夜な見ていて、図書館へ行けば刑務所や牢獄に関する本を集めて読んでいる。「図録ニッポンの刑務所」が面白いと嬉しそうに言い、理想の刑務所の間取り図を絵に描いたりしている。脱獄するなら天気の悪い日に、と彼女は言っていたが、確かにそんなイメージがある。いつか脱獄してみたい…。脱獄とは人生のロマンそのものではないだろうか。誰にもバレずにここから逃げ出すのだ。しかし、それにはまず何か悪いことをして投獄される必要がある。一度で良いから刑務所の中に入ってみたい、と彼女は目を輝かせて言う。そこで、出来るだけ人に迷惑をかけずに刑務所に入る方法を考えてみた。軽犯罪では大抵執行猶予が付くし、裁判費用や賠償金などで金も取られるに違いない。ある程度重たい罪で、なおかつ殺人や強盗ではない犯罪…、となると、たとえば夜中に動物園の動物を逃がすのはどうだろう。刑務所に入れるレベルの罪だと思う、と提案したところ、彼女は心を躍らした。今から動物園行ってくるね、とジャージに着替えて、金槌を片手に出て行った。何だかロマンチックな犯罪者が誕生しそうな気がした。あの娘が見事収監されて、数年後、雷雨の夜に脱獄した際には、盛大に祝おうと決めた。しかし、結果から言うと、この動物逃し計画は失敗に終わった。彼女の話では、パーク内にはすんなり侵入出来たそうである。トラなどの猛獣を逃がすと市民が食い殺される可能性もあるので、うさぎやモルモットに狙いを定めて小動物の檻を開けたところまでは良かったのだが、うさぎもモルモットも中でじっと震えるばかりで、檻から全く出てこなかったのである。一羽だけ小鳥が外に出てきて遠くへ羽ばたいていったそうだが、次の日もその次の日も園内で問題になることは無く、勿論新聞に載ることも無かった。脱獄どころか収監も逮捕もされず、ただ小鳥を一羽逃しただけのしょんぼりな結果となり、やはり刑務所に入ることは至難の業であった。いつか彼女のロマンを叶えてあげたいと思うが、私にはどうすることも出来ない。もし、おれを刺し殺して良いよ、と言ったら、私を刺すのだろうか。最近は刑務所の求人情報を片っ端から見ているという。

何もいりません。舞台に来てください。