366日

近所のブック・オフへ行くと、今月で閉店とのお知らせが書いてあり、畜生、と思った。心斎橋のスタンダード・ブック・ストアも近々閉店するそうで、本や古本が売れない時代なのだろう、仕方も無いけれど、潰れられたらこっちが困る、こっちは珈琲を飲みながら無料で本を読んだり安く本を買ったりしたいんだよ、畜生。

ブック・オフは閉店セールと銘打って、全古本が20%引き、と書いてある。鼻を膨らませた自分はケチンボ根性丸出しで棚の本を吟味した。しかし、ブック・オフに置いてある本というのは、なぜかどれも興味がそそられない、しなびた印象に映る。それは本が悪いというよりも、店内の照明具合、レイアウト、BGM、客層、からなるものだろう、何だか全てが安っぽく見えてしまって、良い本か悪い本かの区別もつけ辛く、吟味しているうちに脳内がふにゃふにゃになっていき、次第に立ちくらみ状態で酩酊しながら、ようやく一冊の本を手に取った。『夢の事典366日』、108円である。それなりに分厚い本で、いわば、夢占いの本であった。

それを持ってレジに向かう途中、急にハッとして、なぜこんな本を買おうとしているのだおれは、と正気を取り戻した。夢については興味はある。それに108円の20%引きである。でも、だからといって、夢の事典366日、はどうなのだ。ちょっとそれは、アレなのではないか。夢の事典、ってのはまだ良いとしても、366日ってのは、ちょっと、ねぇ。

この本は、夢に出てきた物や行動が表す心理状態をワード別に分析出来る事典と、毎日見た夢を書く夢日記スペースが日めくりカレンダー的に配置されている。もしやと思ってページをめくると、2月29日、を見つけた。思った通り、うるう年用のカレンダーなのである。だから366日。粋だね、とは一切思わなかった。いや、ええわ、と思った。

この一冊を持ってレジへ行くのが途端に恥ずかしく思えた。お客さん、閉店セールですよ、もうちょっと、何かあるでしょ、と店員は嘲笑うに違いない。棚に戻そうとも思ったが、今更他の本を吟味する余裕も無い。結局自分は、夏目漱石の本とともにそれをレジへ持って行き、購入した。エロ本を新聞とともに買うかの如き古風なやり方で、店員からの軽蔑な視線を逸らすことに成功したのである。

さて、「畳敷きの部屋で40歳くらいの上半身裸の小太りにコップで水を掛けられて、やめろや、と言ってヘッドロックしたら小太りの顔面がみるみるうちに紫色になる」という夢を今朝見たので、早速この本で調べたけれども、「畳」も「上半身裸の小太り」も「ヘッドロック」も見当たらず、唯一見つかった「紫」の項目には「無気力、不安、死を表す」と書かれてあって、マジで買うんじゃなかった、と思った。

何もいりません。舞台に来てください。