お惣菜とマラソン

「休日の昼間、スーパーで鯵の南蛮漬けとコロッケを買って、ふらふら帰宅する。家の前に人だかりが出来ており、何やら非常に盛り上がっている。何じゃ、と見ると、どうやらマラソン大会が開催されているようで、そのスタート地点が我が家の真向かいなのだ。ゼッケンを付けた沢山のランナーと、旗を持った応援客、テレビカメラ、スタッフ、司会者などがいる。こんな暑い中、よう走りはるわ、と思いながら、自分は主婦っぽくスーパーの袋を片手にそそくさと通り過ぎようとした。すると一人のスタッフのおばはんが自分を捕まえて、あ!いた!シマナカさん!早くしてください!早く着替えて。皆待ってますから。あなたのせいでスタートが遅れてます!と言った。自分は、いや、ぼくは…、と言うが、無理やりゼッケンを渡される。とりあえず早く着替えてきてください!あなたが来ないとスタート出来ないのよ。皆待ってる。急いで!お願いします!

帰宅し、お惣菜とゼッケンを机に置いて、あぁ、何でこんなことになったんや、と思う。

とりあえずジャージに着替えてゼッケンを付けたが、走るのは嫌だ。お惣菜食べたいな、でも食べて走ればお腹が痛くなるか、いや、走りたくない、ていうか、関係無い、おばはんの勘違い、でも、おばはん必死の懇願やったな、まだ皆待ってんのかな、おれのせいでマラソン大会が始まらない、ということは、おれが迷惑かけてるのか、とりあえずお惣菜は冷蔵庫に入れて、帰ってきてから食べよう、マラソンって何キロだ、42キロとか、そんなもん走れるわけが無い、あぁ、一服したい、お腹空いた、でも、まあ、行くか、おれが行けばマラソン大会はスタート出来る、ちょろっと走って、家に帰れば良い、お腹痛くなった、とか言えば、棄権出来るだろう、あぁ面倒臭い、何でこんな目に…。

そうして家を出ると、誰もそこにはいなかった。辺りには紙テープの残骸や無人のテントブースだけがあり、ランナーもスタッフも応援客もいなかった。もう既にマラソンはスタートしていたのである。何やねん、と呟いた自分の胸に、ムカつきと寂しさが、こんがらがった。えー、もうー、何なんマジでー、皆待ってる言うてたやん。ゼッケン番号は103。父さん、と覚えておこう。で、どっち方向?皆どこ行ったん、ゴールどこやー、と、おもむろに一人で準備体操を始めた。あのおばはん、見つけたら嫌味言うたる。周囲を見回しながら、入念にアキレス腱を伸ばす自分であった。」

置いてけぼりを食らうのは、やはり寂しいものである。皆が仲良くワイワイしているのに自分だけがついて行けず、けれども、誰も待ってはくれないのだ。せっかく買ったお惣菜を我慢して、皆のために、と思いやりを見せても、その心遣いは誰にも気付かれない。皆、走ることで頭が一杯なのである。結局、夢の中の自分は、準備体操をやり続けて、そのまま目が覚めた。走ることだけが正解では無い、と思う。

何もいりません。舞台に来てください。