わさわさ

先日串カツ屋へ行き、カウンター席で豚串、麸串、生キャベツなどをもしゃもしゃと食べていたら、隣席に中国人カップルと思わしき男女が座った。

男の方は丸眼鏡で冴えない青年である。女の方はというと、黒髪おさげで色白細目、チークはピンクで唇は赤の、可愛らしい人だった。自分は何となくその女性を見つめていた。そして彼女が串カツをソースに付けようと、おもむろにまくった袖、そこから露わになった二の腕を見て、驚いた。二の腕には体毛がびっしりと生えていたのである。自分のすね毛と同量か、少し多いくらいの体毛が、わさわさと茂っている。色白なので余計に目立つ。つるつるの日本人女性と違って、向こうは体毛処理の文化があまり無いのだろうか。ともかく自分は、その毛むくじゃらの腕を見て、ええやん、マルです、と思った。

小学五年の夏、教育実習でやって来た若い女性は、丸い顔をした人だった。無能で貪欲な坊っちゃん刈り眼鏡坊やであった自分は、こっそりと、その人に惚れてしまった。初恋では無いが、それに近いものである。ある日の放課後、教室で一人居残り、ノートに漫画を書いていると、扉を開けてその人が入ってきた。あれ?まだいたの。自分は急いでノートを隠しつつ、あぁ、うん、とクールに言った。何書いてたの、と言われたが、何でもええやろうるさいな、と赤面しながら毒づいた。その人は、ごめんねぇ、と笑いながら、なぜか自分の隣の席に座った。

突如、脂汗が全身に噴き出した自分は、あくまで無表情を保ちつつ、水筒を取り出して蓋コップに麦茶を注いだ。全身が噴火して破裂してしまいそうだった。一刻も早くクールダウンしなければ。冷たい麦茶をごくごくと飲み干して、大げさに、ふぅぅ、と一息ついた。その人は笑顔で無言でこちらを見ている。畜生。どうにでもなれ。自分は震える手でもう一度蓋コップに麦茶を注いだ。そして視線は宙を見つめたまま、麦茶飲む?と言って、その人に差し出した。餓鬼なりの、渾身のアタックである。その人は、ありがと、と言って蓋コップを受け取ると、両手で麦茶を飲み干してくれた。ファンファーレが鳴り響く中、自分はガッツポーズをした後、くるりと側転をして、万歳をした。それから何の話をしたのかは覚えていないが、会話ははずみ、二人きりの教室で楽しい時間を過ごした。

外は夕方になっており、蝉の声がしていた。白い半袖カッターを着ていたその人が、そろそろ帰りましょ、あぁ今日も頑張った、と言って、両手を挙げてうんと伸びをした。その瞬間である。半袖の隙間から純白のブラジャーが覗いた。そして、純白とは真逆の、漆黒ともいえる黒い塊が、ブラジャーの隣でどっしりと鎮座していた。脇毛である。

それはわさわさと生い茂る、黒く濃い脇毛だった。自分はあんぐりと口を開けたまま脇を凝視していたが、すぐさま何事も無い平常顔に戻すと、その表情を維持したまま帰宅した。ブラジャー&脇毛の脅威は凄まじく、風呂場で何度も脳内反芻して、結果、くらくらのぼせて吐き気を催した。

母親にも姉にもグラビアアイドルにも生えていなかったではないか。幻想は崩れ去り、女性にも脇毛が生えるという事実を、小学五年にして初めて知った。その瞬間は驚いたが、その人に幻滅することは無かった。それほど恋い焦がれていたのだろう。その人への気持ちは萎えるどころか、ますます高まり、脇毛すら愛おしく思った。誰も知らない二人だけの秘密を知ったような気になって、生えてくれてありがとう、とさえ思った。その人を見る度に脇毛の残像がよぎることだけが厄介であったが、何も問題は無かった。実習期間を終えたその人は笑顔で学校を立ち去り、自分の恋は幕を閉じた。

以来、自分は女性の体毛全般には寛容で、むしろ生えている方がマル、とさえ思っている。ムダ毛万歳。

何もいりません。舞台に来てください。